2022年10月三木句会報
山椒のような気心見せる女 加藤光樹
古刹にも庫裏に暮らしの茸汁 田中 梓
ごおごおと窯焚く夜や神の留守
百済寺菊ひと群の濃むらさき
さかあがりぐるりと回る秋の空 関本朗子
紅絹裏の祖母の晴れ着や秋の雲
けはひなく山懐の柿の朱 藤井 素
青蜜柑難しいこと思う顔 樹 水流
明月や裏まで透けて見えないか
頬に風秋に呼ばれた気がする日 小泉真樹
秋蒔の猫の額を耕しぬ 白樫ゆきえ
名月をとりかこんだり米、中、露 関根瞬泡
九回裏の一瞬静寂天高し 太田酔子
パレットにジンクホワイト秋波頭 神宮前小梅
ふと呼ばれ顔を上げたり金木犀 吉澤 然
満月を質入れされてしまいけり 國分三徳
運動会遊戯の園児泣きながら 草野きょう子
秋晴るる手押しに園児七人も 原宿美都子
今年米水加減はかる母の手よ 佐々木 梢
高山で山人癒すななかまど 山崎哲男
秋思かな一匙掬うチャイプリン 佐藤花子
塗り替えの家まるごとに秋の蚊帳 さとう桐子
猪も草に隠れて秋狙う 吉村未響
菊大輪自慢の便り里の事 幸野穂高
薬包紙ひらけばこぼる星月夜 飛鳥遊子
実紫媚びはおんなの眉に秘す
2桁台を2句、さらに6点句もものされた梓さんの「古刹にも庫裏に暮らしの茸汁」。表
向きには生活感を見せない寺ですが、裏方には食事担当の若い僧がいて、季節の茸汁を
作っている。目の付け所がおもしろい特選4つの13点句です。11点句の「ごおごおと窯焚
く夜や神の留守」。登り窯は夜空に音を響かせて昼夜ぶっとうしで薪を焚き続けます。季
語がいいですね。オノマトペを一工夫してみるとどうなるかとの想像が膨らみます。「ひ
らひらと月光降りぬ貝割菜」(川端茅舎)のように。「百済寺菊ひと群の濃むらさき」は、
奈良市広陵町の百済寺での作句でしょうか。朗子さんの10点句はそのものズバリの「 さか
あがりぐるりと回る秋の空」。5点句の「紅絹裏の祖母の晴れ着や秋の雲」もありました。
紅絹とは真赤に無地染めにした薄地の平絹のこと。昔から花嫁衣装などの裏地として使わ
れました。
光樹先生の9点句は「山椒のような気心見せる女」。ピリリと辛辣で粋な女性ですね。
「女」と書いて「ひと」と読ませます。特選2つです。9点句は遊子の「薬包紙ひらけばこ
ぼる星月夜」。キラキラ光る散剤から星月夜に飛ばしました。梓さんと水流さんの特選を
いただきました。ありがとうございます。7点句の「実紫媚びはおんなの眉に秘す」は、
「媚」という字はなぜ女偏に眉なのだろう……との気づきから。こんな遊びも俳句ならで
はです。
「けはひなく山懐の柿の朱」は素さんの8点句。「けはひ」はここでは人の気配。大きな
柿の木に小さな真っ赤な実をたくさんつけている里山の景を想像します。「青蜜柑難しい
こと思う顔」は水流さんの7点句。「青蜜柑」としたわけは、酸っぱいのでそんな顔になっ
た、とのユーモアですね。5点句の「明月や裏まで透けて見えないか」は、今月の兼題
「裏」を使ってくださいました。同じく7点句は真樹さんの「頬に風秋に呼ばれた気がする
日」。綺麗な1句に仕上がりました。「秋に呼ばれた」にみなさまの手が伸びたようです。
「秋蒔の猫の額を耕しぬ」は、ゆきえさんの6点句。常套表現を大胆に断定に飛ばした詠み
方が俳句っぽくてあっぱれです。
5点句は4つありました。瞬泡さんの「名月をとりかこんだり米、中、露」はズバリ時事
句。三徳さんの特選でした。意外や意外、酔子さんはプロ野球ファンでいらっしゃる。
「九回裏の一瞬静寂天高し」は、勝利を呼んだ最終回のホームラン。「パレットにジンク
ホワイト秋波頭」は小梅さん。秋の海のちょっと物悲しい気配が純白ではないジンク(亜
鉛)ホワイトという色で表わされています。然さんの「ふと呼ばれ顔を上げたり金木犀」は、
香りが先にそのありかを知らせてくれる金木犀の”あるある”の1句となりました。
今月の兼題「裏」は、足裏、紅絹裏、裏道、脳裏、表裏、裏漏り、庫裏、裏白、裏街道、
裏紙、裏窓など、多様に使われていました。因みに、「裏」という字の成り立ちなど調べ
てみると、結構おもしろいことがわかります。
photo: y. asuka
ジャムのごと背に夕焼けをなすらるる 石原吉郎
