2022年8月三木句会報
万緑の中の一点なるも幸 加藤光樹
河骨や一人ひとりの持ち時間 樹 水流
初涼や栞の紐の新しさ
秋暑し片足立ちはよろけ気味
放たれし鳩のゆくへや原爆忌 さとう桐子
細き顎笠の下より盆の舞 田中 梓
帰省子も黙祷したり敗戦忌
底紅や一筆箋に二行あり
鈴虫や茶托にそっと湯呑置く 吉村未響
帰巣せよ色なき風を追ひて来よ 太田酔子
八月や柱時計の鳴るを見つ
愚に帰る齢となりや秋の風 藤井 素
角曲がりあの日を歩く夜店かな 原宿美都子
片陰も細りて木陰木陰へと 幸野穂高
今朝の秋すっくと土当帰立ちにけり 佐藤花子
幼な子も見よう見まねの盆踊り 関本朗子
籤運のいろいろあって糸みみず 國分三徳
行き帰りフル活動や蟻の列 関根瞬泡
喝采を受ける五歳児阿波おどり 神宮前小梅
稲光足早になる帰り道 小泉真樹
古農具親亡き後の盆帰省 草野きょう子
A-POCイッセイミヤケ偲ぶ夏 白樫ゆきえ
帰省して幼なじみの姿なし 山崎哲男
炊き上がる米の香りに祈りの舞 佐々木 梢
帰り道夕餉の香り母思う 吉澤 然
終戦日ピアノの蓋のうす埃 飛鳥遊子
8月句会も高点句がたくさんありました。2桁に乗せ、4句中3句が高点という水流さんの
11点句「河骨や一人ひとりの持ち時間」。読んで句のごとくではありますが、誰もが気に
している人生の持ち時間に対して、「河骨」という季語を当てたところがシブイです。7点
句の「初涼や栞の紐の新しさ」、5点句の「秋暑し片足立ちはよろけ気味」も、技巧に走ら
ず、素直な観察や自嘲を詠んだところに共感が生まれました。続く10点句は桐子さんの「放
たれし鳩のゆくへや原爆忌」。原爆忌と鳩はつき過ぎとの感は否めないものの、平和や希
望の象徴である鳩の行くへは?と問いかけることで、今の世界情勢ゆえの重みが感じられ、
多くの支持が集まりました。
9点、6点、5点を並べた絶好調への復活は梓さん。「細き顎笠の下より盆の舞」では、
深い編み笠から覗く細い顎という目の付け所がさすがです。「帰省子も黙祷したり敗戦忌」
の「も」は、家族みんな、そして、帰省子さえも、の強調の「も」でしょうか。「底紅や
一筆箋に二行あり」の「底紅」は木槿のこと。この句の意図するところは、簡単な1行を記
すべき一筆箋に2行記されていた、つまり、「二行」とすることにより、実は言いたいこと
がたくさんあることが推し量れる一筆箋を受けた、と読みました。正しく読めているでしょ
うか。
未響さんの9点句「鈴虫や茶托にそっと湯呑置く」。静かな室内に窓辺から鈴虫の音。虫
を驚かさないようにかすかな音さえもたてまい、との心根が読めます。こんな心境って、
いいですね~。花子さんと哲男さんが特選にとられているのは、そうした細やかさを鑑賞
されたのでしょう。
強い命令形を2つ並べた酔子さんの7点句「帰巣せよ色なき風を追ひて来よ」。兼題の
「帰」を入れた帰巣という熟語で、強くつよく”自分のもとに戻ってきて!”と願っていらっ
しゃいます。「いろなき風」は秋風のわびしく身にしむ感じに着目した季語です。強い口
調で呼びかけずにはいられないほど、大切なものを失った寂しさが感じられます。5点句の
「八月や柱時計の鳴るを見つ」。俳句で8月といえば終戦。時代を感じさせる「柱時計」が
正午を打つ、その低く緩やかな音を耳にしつつ、心中で黙祷する気配を感じました。
「愚に帰る齢となりや秋の風」は素さんの7点句。老いては子供のようになるとの実感で
しょうか?そこはかとない寂しさを醸す季語「秋の風」は文句ないところですが、もう一
考すると何か違う局面が現れそうな気がします。季語の力を信じて一工夫してみるのもい
いかもしれません。美都子さんの7点句「角曲がりあの日を歩く夜店かな」。俳句らしさが
上手に詠み込めた句になっていると思います。穂高さんの6点句は「片陰も細りて木陰木
陰へと」。三徳さん、瞬泡さんも採っていらっしゃいます。暑さの中、木陰を選んで歩い
ていると、どんどん日陰が少なくなってゆく、といった情景が目に浮かびます。ここの
「も」ですが、この場合、片陰以外に細るのは何でしょう。助詞「も」は、要注意の助詞
と言われていますので、用心して使いたいものです。
花子さんの6点句「今朝の秋すっくと土当帰立ちにけり」。「土当帰」は「野竹=うど」。
思いがけない兼題の使い方となりました。うど(独活)となると晩春の季語になります
が……。朗子さんの6点句「幼な子も見よう見まねの盆踊り」の「も」。この場合は、大人
も幼な子も、と解されるのでOKですね。何れにせよ、何気なく「も」を使った時は、
ちょっと立ち止まって一考するのがいいと思います。
photo: y. asuka
八月十五日ますます乱反射 有馬英子