2022年6月三木句会報
梅雨湿り人の心も迷いがち 加藤光樹
夕されば白透きゆきて夏椿 田中 梓
籐椅子に記憶の中の海を抱く
バス逃し見つけた景色我は自由 米澤 然
暗闇にぼんやり灯す白紫陽花
老犬に夢の景聞く明易し 太田酔子
桑の実熟む半ば開けたるくちびるも
藍ゆかた少し大人になりしころ 藤井 素
捕へらる烏賊の呼吸を見てゐたり
午後からは雷雨となりて日本橋
走り梅雨胸に冷たき聴診器 関本朗子
明易や夢のしっぽをつかまえる
すひかづら鋏の先を躱しける 佐藤花子
バス乗れば手を振る母の日傘かな
シチリアのロゼワインです夏の風 神宮前小梅
文机の未だ現役夏座敷 白樫ゆきえ
みづすまし水輪が音をつなぐかな 吉村未響
魚屋に猫が賑わう梅雨晴間 國分三徳
百足行く追いかけられぬ足二本 樹 水流
硝子鉢冷やしもてなす夏夕餉 佐々木 梢
拙速という言葉あり蝸牛 関根瞬泡
住職に世俗の噂藤の昼 草野きょう子
夏野ゆく原風景を拾ひつつ さとう桐子
夕立や景色の続き曖昧に 原宿美都子
いつの間に日傘の季節とりどりに 大塚楓子
湖のそよ風を聴く夏の庭 小泉真樹
乱舞なくひとところなる螢狩 幸野穂高
梅雨寒や古寺の緑の鮮やかさ 山崎哲男
目薬をさして夏空水っぽい 飛鳥遊子
鈴虫鳴く密かな間こそ戀のこと
細胞は日々にあたらし緑雨
今月も梓さんの絶好調が止まりません。9点句「夕されば白透きゆきて夏椿」。説明不
要の美しい句。明治とか大正の楚々とした和装美人を想い浮かべました。8点句「籐椅子に
記憶の中の海を抱く」も、3つの言葉が過不足なく配置されていて、これぞ俳句!という
面持ち。「海を抱く」は英子さんへのオマージュかも。然さんの「バス逃し見つけた景色
我は自由」も9点ゲット。アプローチがいいですね~。実体験からの作句であれば、このよ
うな気づきを575に置けるということは、次が楽しみです。然さんには「暗闇にぼんや
り灯す白紫陽花」の6点句もありました。こちらはありがちな発想ではありますが、綺麗な
句に仕上げられました。「灯す」か「灯る」か。
続く4つの8点句。「老犬に夢の景聞く明易し」は酔子さん。犬愛が止まらない……。敢
えて申せば、「明易し」と「夢」が近すぎるかも。三木には珍しい官能的!な5点句「桑の
実熟む半ば開けたるくちびるも」。桑の実は真紅あるいは黒紫。熟した実の皮は柔らかで
口の中で崩れて果汁が広がります。半ば開けたひらがなの「くちびるも」には上品なエロ
チシズムが。この路線、ぜひ続けてください!
8.7.6点とそろい踏みの安定路線は素さん。「藍ゆかた少し大人になりしころ」は瞬泡
さんの特選。「捕へらる烏賊の呼吸を見てゐたり」。見ていただけで正解でした。私は、
つついてみたところ、真正面からスミを浴びせられました。ご用心!6点句の「午後から
は雷雨となりて日本橋」。それでどうした?と突っ込まれそうな句ですが、俳句ならでは
の視点、措辞を配した大人の句とお見受けしました。
朗子さんの8点句は「走り梅雨胸に冷たき聴診器」。「走り梅雨」と「聴診器」という
関係性のない2つのものを1句に持ち込むことを「二物衝撃」と言います。成功していま
すね。朗子さんには5点句の「明易や夢のしっぽをつかまえる」もありました。切れ字の
「や」が効いています。
もう1つの8点句は遊子の「目薬をさして夏空水っぽい」。やっぱり季語は夏空がぴっ
たりかな、と。遊子には「鈴虫鳴く密かな間こそ戀のこと」、「細胞は日々にあたらし緑
雨」の7、5点句もありました。鈴虫や蛍も、相手の気を惹くために一工夫しているのだ
としたら愛おしいこと!始まった街頭連呼には、つい耳蓋をしてしまいますけれど……。
花子さんにも7、5点句。「すひかづら鋏の先を躱しける」と「バス乗れば手を振る母
の日傘かな」。日傘の句、バスに乗るのは作者、手を振るのは母とすると、もう一工夫で
きそうですね。6点句が3つ。小梅さんの「シチリアのロゼワインです夏の風」、ゆきえ
さんの「文机の未だ現役夏座敷」、未響さんの「みづすまし水輪が音をつなぐかな」。
5点句も3つ。三徳さんの「魚屋に猫が賑わう梅雨晴間」、水流さんの「百足行く追い
かけられぬ足二本」、梢さんの「硝子鉢冷やしもてなす夏夕餉」などがありました。
今回取り上げたいのは、水流さんの「夏の浜波音だけの夜景かな」。中7+下5に発見
がありました。が、波音と浜は近過ぎます。”安易な季語の斡旋”、と言われかねません。
そこで、上5を「ハンモック波音だけの夜景かな」とか、「バルコニー波音だけの夜景か
な」とか「生ビール波音だけの夜景かな」とか「香水と波音だけの夜景かな」などなど入
れてみると、ガラリと情況が変わることがわかります。俳句は創作である、と言われる所
以です。
桐子さんの「夏野ゆく原風景を拾ひつつ」に支持が集まりにくかったようですが、「つ
づく」の瞬泡さんのコメントにもありますが、素晴らしい句だと思います。
photo: y. asuka
母の忌の片頬あかき実梅かな 鷹羽狩行