2021年8月三木句会報
緑濃き山からの風田の色に 加藤光樹
夢の尾を掴みそこねて夏の朝 藤井 素
原爆忌伯母口噤み九十に
行く道はいつしかひとり遠花火 関本朗子
アロハシャツ呑気な顔で並びけり
知らざりし逸話たづさへ盆の客 さとう桐子
青蜜柑数へる度にひとつ増え 白樫ゆきえ
向日葵の機嫌はすぐに顔に出る 関根瞬泡
人生は黄昏てから百日紅 神宮前小梅
寝返りの数だけ重い熱帯夜 樹 水流
蚊を打ちつ生と死語る山の宿 草野きょう子
優曇華の葉裏に点る命あり 佐藤花子
単線路も廃路となりし立葵 幸野穂高
亡霊の落武者も出る夏芝居 田中 梓
父への旅貝風鈴の鳴りにけり 太田酔子
もう会いに通わぬ小径こぼれ萩 原宿美都子
ブルーベリ数えては摘む夏の朝 大塚楓子
かの人の面影しのぶ白芙蓉 澤橋 凜
秋暑し木偶とも成らぬ右左 有馬英子
糸杉の真直ぐに延びる空高し 小泉真樹
黒い雨浴びて罹った夏想う 山崎哲男
片蔭を辿り仏教伝来す 國分三徳
帰り道夕焼けと海家遠し 佐々木 梢
雁渡る背中の沈む古ベッド 飛鳥遊子
今回は10点越えが三句も出ました。三木句会では確かこれまでの最高点は18
点だったと記憶しますが、同点句が生まれました。素さんの「夢の尾を掴みそこね
て夏の朝」。夢に尾っぽがあったとは!この発見がこの句のキモですね。春夏秋冬
どの季語をおいても、それなりに違う句意が感じられ成立するような気がします。
4名の特選。ダントツの女性支持でした。素さんには5点句の「原爆忌伯母口噤み
九十に」もありました。14点句で迫ったのは朗子さんの「行く道はいつしかひと
り遠花火」ちょっと淋しい…でも、真実…。遠花火の季語が効いています。瞬泡、
光樹、素三氏の特選です。朗子さんには真逆にあっけらかんの6点句「アロハシャ
ツ呑気な顔で並びけり」も。縦横無尽ですね。
2つの特選を含む11点句には桐子さんの「知らざりし逸話たづさへ盆の客」が
入りました。例えば、疎遠だった遠い親戚のおじさんが祖先の話を語り出した、と
いった情景が浮かびます。とても上手に詠まれていると思いました。ゆきえさんの
「青蜜柑数へる度にひとつ増え」は8点句。似た体験をした方が多いのでしょう、
英子さんの特選です。大きな顔の向日葵を擬人化した瞬泡さんの「向日葵の機嫌は
すぐに顔に出る」は7点句。がっくり項垂れてしまった向日葵を道端でよく見かけ
ます。下を向いてしまった向日葵、再び機嫌を直してくれるのでしょうか。「人生
は黄昏てから百日紅」は小梅さんの7点句。ちょっと理屈を読んだ嫌いがあります
が、励ましてもくれます。灼熱に負けず咲く百日紅を持ってきたことで、未来が見
えました。黄昏からの人生、上向いて明るくゆきたいものです。
水流さんの7点句は「寝返りの数だけ重い熱帯夜」。「重い」の楚辞で、寝返り
と熱帯夜の付きすぎをするりと抜け出した感じです。きょう子さんの7点句は「蚊
を打ちつ生と死語る山の宿」。山の宿のうす暗い灯火と静寂のなかでは、ふと生き
死にについて真正面から語り合ったりするもの。はて、語り合ったのは、何人?
上五の「蚊を打ちつ」が、深刻気味な句に現実味を加えてくれました。
「優曇華の葉裏に点る命あり」は花子さんの6点句。儚い命の代表のようにされ
る昆虫の卵が優曇華。ひっそりと命永らえている場面を見逃さなかった目は、いつ
も俳句のことが頭にあるということなのでしょうね。穂高さんの「単線路も廃路と
なりし立葵」も6点句。上五の字余りを「単線も」としてもよかったかもしれませ
ん。5点句は光樹先生の「緑濃き山からの風田の色に」。この時期の田んぼの青々
とした色は、風が山の木々の深い緑を運んできたのだ、と。風景が目に浮かびます。
梓さんの「亡霊の落武者も出る夏芝居」。怪談とか幽霊は夏の季語ですが、亡霊と
幽霊とはビミョウに違うモノのようですね。
今回の兼題「数」は、みなさま比較的さらりと詠み込まれたように思いました。
夏、算数、小学生からの連想句がいくつか見られました。このテーマで強く記憶に
残る句は、西東三鬼の「算術の少年しのび泣けり夏」ですね。次回の兼題は「石」
です。頭を柔らかくして挑みましょう。
photo: y. asuka
南国に死して御恩のみなみかぜ 攝津幸彦