2021年6月三木句会報
麦叩き小農の声耳にする 加藤光樹
点滴の刻む時間の先に夏 樹 水流
泰山木どこか崩れぬ一人酒
僻耳の二人となりぬ胡瓜揉 関本朗子
雨の日の無音白蓮の微睡み
剣玉の穴から逃げる青葉冷え 有馬英子
鉄さびて道具箱より梅雨に入る 田中 梓
巻き物の墨の香ほどの薄暑かな
しあわせを小さくまるめてさくらんぼ 藤井 素
をさなごに耳たぶ捕られ午睡かな
青葉雨三島あたりでやみにけり
巣作りの山鳩の首ほそきかな 大塚楓子
雨の朝真白き百合に耳澄ます
空蝉や誰も戻ってこない道 國分三徳
雨あがり静寂に聞く夏落葉 原宿美都子
らっきょ漬ける尻のかたちのよきままに 太田酔子
睡蓮の波を枕に夢気分 関根瞬泡
田植終へ棚田に流る風清し 幸野穂高
沙羅の花間遠になりし友の顔 佐藤花子
野薊やコミュニティーバスの曲がりゆく 草野きょう子
夏椿命日忘れてゴメン爸爸(パパ) 神宮前小梅
子ら遊ぶ横で水やり日日草 白樫ゆきえ
親心吾子の寝顔に扇子風 佐々木 梢
青時雨ショパン奏でる風雅かな 山崎哲男
卓被ふベルギーレース女客 さとう桐子
瑞瑞しミラーに映る早苗かな 澤橋 凜
古の石畳踏む夏の宵 小泉真樹
美しき公式くずれ虹の褪せ 飛鳥遊子
片耳をぴくり老猫ハエ払う
最近、周りの人々から病気のニュースばかり飛び込んでくる、とお嘆きの声を耳
にしました。そんな状況の一句、水流さんの10点句「点滴の刻む時間の先に夏」。
ポタポタポタと落ち続ける点滴はまさに時を刻みます。暗いはずの句を救っている
のは季語の夏。快方に向かう感じがします。これが秋とか冬だと、ちょっと苦しい。
たとえ最悪の状況を詠んだ句でも、最終的には明るい方向を示すように詠むのが良
い、とも言われています。水流さんの6点句「泰山木どこか崩れぬ一人酒」。
一人酒をする状況が何であれ、泰山木という樹の大らかさが句にほっとする気分を
醸し出しているような気がします。
兼題の耳から僻耳(ひがみみ)という目新しい単語を発見したのがお手柄の朗子
さんの10点句「僻耳の二人となりぬ胡瓜揉」。胡瓜揉の季語もぴったりです。5
点句の「雨の日の無音白蓮の微睡み」は、朗子さんのエレガントワールド。ちょっ
と歯ごたえのある英子さんの「剣玉の穴から逃げる青葉冷え」は現代俳句っぽいア
プローチを好む3人の特選を含む9点をゲット。一読、青葉冷えが穴から逃げると
読めますが、本当は意味不明。解釈は読み手に任されています。誰が読んでも答え
は一つ、という句よりも、この句のように謎をかけられる句は退屈しない。俳句な
らではの飛躍とか誇張とかをもっと自由に使いたいですね。
8点句2つは梓さん。「鉄さびて道具箱より梅雨に入る」。目の付け処が新鮮で
す。敢えて申せば、ちょっと散文的なので、「釘のさび道具箱より梅雨に入る」な
どとすると「切れ」が生まれます。もう一つは「巻き物の墨の香ほどの薄暑かな」。
はい、梓ワールドです。「美しき公式くずれ虹の褪せ」は遊子の8点句。虹には、
光の反射・屈折・散乱・回折・干渉への定性的理解といった科学的アプローチがあ
りますが、私はぼーっと空を見上げて薄らいでゆくのを見上げています。「片耳を
ぴくり老猫ハエ払う」の6点句もありましたが、反省しきり。この程度の観察では
お粗末な写生句と言うべきでしょう。採ってくださった方にはまことに心苦しいで
すが‥‥。子規のいう写生句とは、をしきりに考える今日この頃です。
7、6、6点と3つの高点句を並べたのは素さん。「しあわせを小さくまるめて
さくらんぼ」「をさなごに耳たぶ捕られ午睡かな」「青葉雨三島あたりでやみにけ
り」。3句とも暮らしの中の体験や実感、観察に根ざしている安定感が伝わる句ば
かりです。肩の力が抜けている、っていうのでしょうが、これがなかなか難しいわ
けで‥‥。
6、5点句を並べたのは「巣作りの山鳩の首ほそきかな」と「雨の朝真白き百合
に耳澄ます」の楓子さん。巣作りは「鳥の巣」という春の季語のアレンジかと。後
の句は、視覚と聴覚が交差するような浮遊感があります。三徳さんの5点句「空蝉
や誰も戻ってこない道」は、深読みに誘われます。生きるものすべてに共通する真
実を語っていらっしゃるのですね。最後の5点句は美都子さんの「雨あがり静寂に
聞く夏落葉」。雨あがりの静謐な一隅が眼に浮かびます。
7月の兼題は「棒」。結構いろいろな熟語になっていますから、思いっきり工夫
してみてください。
photo: y. asuka
バス停留所でしたら立葵のあそこ 伊丹三樹彦