<瞬泡さんのコメント>
人の名を憶い出せぬ夜おぼろ月 田中 汐
この句は「おぼろ月」という季語をうまく使っていて、いいのですが、やや、説明
的なので、こういう場合は「おぼろ月」を頭にもってきて、
おぼろ月人の名前もおぼろなる
と、するとよいでしょう。
寒菊の鋏あてれば蕾あり 白樫ゆきえ
この句、作者の心くばりが表されていて、とてもいいのですが、もっと、その気持
ちを前面に出して、
寒菊を斬らんとすれば蕾あり
と、したらいかがでしょうか?
相対す記憶かすかに沈丁花 小泉水玉
この句も季語の「沈丁花」をうまく使っているので、こういう場合は「沈丁花」を
頭にもってきて、
沈丁花記憶かすかに蘇る
と、するとよいでしょう。
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今月の注目句 太田酔子
バレンタインのチョコを机上に少女去る 草野きょう子
選句では一度目で採った句は最後まで残ることが多いのだが、二度・三度読み返
してはじめて目にとまる句がある。掲句は後者の方である。私は季語に好みがあり、
バレンタインは好みの季語ではないし、バレンタインにチョコはつきもの、その上
少女まで。そして机上は教室のだろう。ところが、三度目で待てよ、と思った。
「去る」に随分なふくらみがありそうだ。なんだか少女が去るのは所謂美しい一時
期である少女という時期を去るのではないか。少女期への追悼句のように読めて最
初の評価が変わった。
細胞の泡立ちくれば春一番 田中 梓
「泡立ち」は「粟立ち」ではないかと思った。春は静かだった心が新しいことを
求めてゾクゾクするような季節である。その先には明るい希望だけではなく自分が
押し潰されるかもしれない恐怖もある。だから「粟立ち」だったならば春一番に似
つかわしいと思ったのだ。
ああ雪よ詩を紡いで上る坂 佐藤秀隆
強い詠嘆から入る。上り坂は詩を創造する時の精神の状態をさし、あえぎあえぎ
の苦痛であれ、精神の高揚であれ、どちらにしても「雪月花」、詩の三大テーマの
ひとつをミューズに見立てて、それに呼びかけ祈りを捧げている句だと読んだ。
(遊子・報)
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