「しょうがない」

 

という言葉が

最近のお気に入りです真顔

 

「しょうがない」というと

ネガティブなイメージがあるかと思いますが

 

確かに

良いことや嬉しいことがあった時に

「しょうがない」という言葉は出て来ませんしね真顔

 

嫌な事、思った通りにいかなかった出来事に遭遇した時に

「しょうがない」

という思いになるわけですが

 

ただ

 

嫌な事、思った通りにならなかった出来事があった場合

真っ先に「しょうがない」

と思うかというと

 

それはあまりなくて

 

最初は、

ショックとか、否定、怒り、悲しみ、

などの感情が湧いてきて

 

「しょうがない」という気持ちは

すぐには出て来なくて

もっと後に出て来る気がします。

 

「しょうがない」という気持ちは

「諦め」とも違って

 

「受容」に近い感覚です。

 

生きていれば、嬉しいことばかりでなく

出来れば起きて欲しくなかったこと等もあるわけで

 

そういうときに

「まぁ、しょうがないよね」

と思えるようになると

かなり気が楽になります

 

 

 

でもこれ、人から言われるとムカつくんですよね真顔

 

自分で「まぁしょうがない」と思えるから気が楽になるわけで

 

人から「しょうがないじゃん」とは

あんまり言われたくない・・・。

 

 

実は、私の母がよく「しょうがないじゃない」

と言うんですよ真顔

 

私の両親は、

父は少し神経質というか悲観的で

母は圧倒的に楽観的です。

 

で、

父が体調を崩して検査を受けたりすると

 

父は「悪かったらどうしよう」と悲観的になるわけですが

 

母は「悪かったら悪かったで、しょうがないじゃない真顔

と、へろっと言うんですよね・・・。

 

父としても最初は、そんな母の言葉にムッとしたようですが

 

でも言われてみれば、確かにしょうがないんだよな・・・

と父自身も思うようになってきて

 

そんな話を父から聞いて

私も父譲り?で心配性というか神経質なところがあり

ま、主星が調舒星だしね

 

私も母からよく「(そんな心配したって)しょうがないじゃない」

って言われた覚えがあって

 

言われる身としてはムッときたけれど

 

今、私は

なかなかヘビーな状況を過ごしているのですが

 

自分自身で

「ま、しょうがないな真顔

 

って思えると、すごく気が楽になったんですよね。

 

ちなみに母については

人にだけ言うんなら、お前はなんだよ、って言いたいところですが

 

母自身に起きた出来事についても

ちゃんと「しょうがない」と思えているのはさすがだな、と思います。

 

繰り返しになりますが

「しょうがない」は諦めじゃなく

受容に近いニュアンス

 

介護職員初任者研修のテキストで

確か、死や病気の受容の経過で

否認⇒怒り⇒悲しみ⇒受容

の経過を辿る、と書いてあったような気がしましたが

 

テキスト読んだときは

まぁ、そうだろうねー

と他人事?のように思っていましたが

 

なるほど、こういうことか

 

そして受容というのは「しょうがないな」という感覚に近いんだな

なんてことを身をもって体感しました真顔

 

心から「しょうがない」と思えると

こんなに気が楽になるものなんだな・・・

 

起こってしまったことは「しょうがない」

と現実を受け止めて

 

そこから、じゃ、どうしようかな

と、ようやく気持ちが前に進めるようになる感じ。

 

なので「しょうがない」というのは

一旦、立ち止まるというか、マイナスから0に戻るというか

そんな感覚です。

 

 

母からは、直接そういうものだと

教えられたわけじゃないけれど、

間接的に教えてもらった気がするので

そこは感謝

そういう意味では、母は最初から受容しやすい人ってことなのかも

 

ま、とはいえ

やっぱり自分で「しょうがない」と思うから良いわけで

母から言われたくはないですけどね^^;