sanjohanのブログ -3ページ目

sanjohanのブログ

ブログの説明を入力します。

今朝、布団をあげながらなぜか、♪柱のキズはおととしの~♪と口ずさんでいた。
10月1日になぜ、5月5日なんだ?どんな脳の働きなんだろう。
口ずさんでいて、「柱のキズは、おととしの~」と「きのうくらべりゃ~」がなぜか気になってしまった。なぜ、去年とくらべないの?なぜ今日ではないの?といつものなぜなぜ病の発作が起きてしまった。
〔昨日、みんなが集まってワイワイ、ガヤガヤ端午の節句を祝ったことを、今日静かにしみじみと思い出して歌っているのかな?柱のキズは、もちろん去年のものとも比べたのであろう、しかし、一昨年のキズを見つけて、「ワアー、おととしは、こんな高さだよ!羽織の紐の高さまでしかないよ!」とみんなで驚いたのであろう。ひょっとして、大人になってから、そんな子どもの頃のひとコマを思い出して歌っているのかな?光陰矢の如しか。そういえば、メロディーもどことなくしみじみしているな~〕
こんなところで、なぜなぜ病の発作は治まったのである。
ところが、二番の歌詞を思い出そうと、「背くらべ」を調べると、wikipediaには
「歌詞は端午の節句に背丈を計ってもらった子供の視点で書かれている。これは海野の17歳年下の末弟、春樹の視点から描いていると言われ、「兄さん」が海野である。柱の傷が「一昨年」なのは、「昨年」は海野が東京におり、静岡県(現静岡市駿河区曲金二丁目)の実家に帰って来られず、弟の背丈を計ってやることができなかったからである。実家に帰れなかった理由は諸説がある。「やっと羽織の紐のたけ」は一昨年からの背丈の伸びが羽織の紐の長さと同じぐらいだとする説が有力だが、背丈自体が大学生の兄(海野)の羽織の紐を結んだ高さとする異説もある。2番の歌詞は、実家が静岡なので富士山が登場し、弟が自分の背丈と比較しているのである。」(作詞者:海野厚、作曲*中山晋平)
世の中はいろいろ研究している人がいるんだと、今更ながら感心し、自分勝手な解釈に赤面しつつ、今日もまた恥多き人生を歩んでいるのである。