【“こんなことで怒るなんて” の奥にあったもの】

今日は義父母と、
入学祝いと母の日を兼ねた食事会でした。

ずっと少し緊張していたけれど、
ありがたいことに穏やかに終わり、
その帰りに
近くのバラ祭りへ🌹

そこで、
三男がかき氷を食べたいと言い、
キッチンカーへ並びました。

でも、
三男と私が
何度声をかけても反応がなく、
ようやく返ってきた言葉も
かなり冷たい感じ…。

その数分後、
他の知人と思われるお客様には
普通に応対している姿を見て、

オーダー作るのに
取り込み中だったのものわかるけど

すごくモヤモヤが湧いてきました。

帰宅後も感情が
なぜか残り続けていて、

最初は

「こんなことで怒るなんて、
器が小さいな…」

と思っていました。

でも、
深掘りしていく中で、
本当に傷ついていたのは、

“雑に扱われた感覚”

だったことに気づきました。

ちゃんと存在を認識してほしかった。
一言ほしかった。
大切に扱ってほしかった。

そしてさらに深掘ると、

私は普段かなり、

・場の空気を壊さない
・相手を不快にさせない
・感じよくする
・調和を守る

を優先していることにも気づきました。

本当は嫌だったとしても、
「場」を優先してしまう。

今日も、
義父母や周囲がいたこともあり、

本当は
「…と言ってもらえたら、
こちらも安心できました」
と伝えたかったけれど、

空気が悪くなることを怖れて、
飲み込みました。

でも今回一番大きかった気づきは、

“本当は私自身に、
もっと私を大切に扱ってほしかった”

という想い。

外側の出来事に見えて、
本当はずっと、
自分自身との関係性を
見せられていたのかもしれません。

私は、
白い世界の橋渡しの要素もあり、

無意識に
場を整えたり、
人を不快にさせないようにしたり、
空気を読むことを
かなり自然にやっていたみたいです。

でもこれからは、

場の調和も大切にしながら、
同時に
“私自身の尊厳”
も大切にしていきたい。

0対100ではなく、
まずは
「51対49」くらいから。

そんなことを感じた、
Kin152、
絶対反対KINの日でした🌿✨