障子戸の向こうで影が微かに揺らいでいるように見えた。
真夜中近く。
本丸内でも何故か現世のTwitterが見られるのに気付き、思わず見入ってしまっていたのだ。明日もある。幾らなんでも もうそろそろ寝なければ。そう思って顔を上げた時だった。
「何か用があるのか?」
直ぐに声を掛けた。
一瞬この世のものではないモノが居るのかと思ったが、隣は近侍の控えの間だ、それはあり得ない。
元より本丸内で幽霊騒ぎなど起こるはずもない。幽霊を斬る刀や神に仕える刀(刀も"付喪神"という名の神ではあるが・・)が居るのだ。そんな心配は微塵も必要なかった。
廊下側の光が部屋に影響を与えたのかとも考えたが、男士達が手洗いや風呂に行く道筋にこの審神者執務室及び寝室はない。
という事は、近侍がこちらの様子を気にしての事だろう。彼は律儀に本丸消灯時間に灯を消している。それに反し審神者執務室がいつまでも明るい事に違を唱えようとしているのかも知れなかった。
「・・少し、いいか?」
応えはしばし後に返ってきた。
無論問題はない。
そう伝えると、控えの間にいた男士は遠慮するようにおずおずと障子戸を開けた。浴衣を着て跪坐の姿勢を取っている膝丸は、本日初の近侍の役目をして貰っていた。
伏せ目がちの目はチラリとこちらを見、直ぐに視線をずらした。・・何か言い難いことでもあるらしい。
「どうした?。そんな暗がりにいるよりこちらに来るといい」
自分は彼にそう伝えた。
そのまま部屋越しに話をするのも何ら問題はないのだが、寝ずの番の男士が廊下側に控えている。彼の少し普段とは違った様子を鑑みて音消しの結界内にある執務室に入るよう促した。
膝丸は跪坐の姿勢のまま、膝を擦るようにして部屋に入る。神社の神職がやるような独特な歩法というのだろうか、その歩法はきっちりしていて膝丸らしいと思った。すっと後ろを振り返り障子を閉める姿は流れがあり、格調高く美しかった。
「で、どうしたのだ?」
こちらに向き直った膝丸に再度問う。
伏した目を再びこちらに向け、また目を伏せた。やはり何やら言い難いことらしい。
自分は現世から持ち込んだポットから湯呑みに焙じ茶を注ぎ、彼の前に差し出した。電気ポットではないので若干冷めているが・・致し方ない。
膝丸は小さく「すまない」と言って湯呑みを受け取り、両手で抱えるようにして茶を啜った。
気分が落ち着けばそのうち話しだすだろう。自分は圧の掛かった空気を出さないよう ただ膝丸の様子を伺った。
ひとしきり茶を啜り、息を大きく吐いて、ちらとこちらを見、膝丸はつとつとと話し出した。
「・・部屋で一人になるのは、この本丸に来てから初めてでな。・・その、何やら落ち着かなくてな・・・」
畳の目を見るともなしに見るような膝丸の様子とその言葉に合点がいった。
兄の不在。
それが原因のようだ。
膝丸は、髭切が顕現してから大分経ってからこの本丸に来ている。彼が来た頃は髭切は既に中堅の男士となっていた。膝丸の新人男士教育は髭切にお願いした。その後も、内番や遠征もニコイチセットのように組ませる事が殆どだった。髭切が特カンストしてからはそうでもなくなったが、それでも一緒にいる頻度は高かったようだ。それが、急に、兄の不在・・修行に出だのだ。部屋に一人では落ち着かないだろうし、兄の事もより心配にもなるだろう。
膝丸も随分と頼り甲斐のある男士になったというのに。
もうじき特カンストするというのに。
刀であっても こうも人のような感情を持つものかと、自分は新鮮な驚きが生まれ出るのを禁じ得なかった。
「そうか。なら、こちらの部屋に布団を持ってから良い。髭切には遠く及ばないが、それでも少しは安心も出来ようから」
自分も茶を啜って伝えると、膝丸は慌ててそんな申し訳ないことを!と言って遠慮しまくってしまう。
・・・障子一つしか変わらないのだから 状況はそう変わらないと思うのだが、どうもそういうものでもないらしい。
幾度かのやり取りを繰り返し・・・
折衷案として、執務室と控えの間とを仕切る障子戸を開け放して就寝する事にした。
執務室に布団を二つ並べて寝るのも自分には同じ事のようにも思えるのだが、ひと続きの空間でも部屋が分かれているとなると何か違うらしい。それならばと折れた膝丸の気持ちを慮った。
もしかしたらこちらの気持ちのゴリ押しで『控えの間』というプライベート空間を侵食してしまったのではないかと心配になったが、膝丸が落ち着きを取り戻して部屋の布団に潜り込んだ気配を感じ、そうではないだろうという認識を持った。
「灯を消すぞ?」
言うと、
「すまん。本来なら近侍の俺の仕事だろうが・・・」
と暗がりから遠慮がちな声だけが聞こえる。
「灯りに近い者が消した方が効率的だろ」
それに、廊下に近いこちら側の方が多少は明るいからな。
膝丸の反応が面白かった。
兄に対してこんな感じなのかと、彼らの間の絆を垣間見た気がした。
自分は携帯の見過ぎからか、すっかり目が冴えてしまっていた。
布団に入るのも何か違う気がして、ぼんやりと文机にもたれ掛かった。
明日の予定を思い返していると、しばらくして隣の部屋からは規則正しい呼吸音が聞こえて来る。
良かった。
膝丸は無事眠れたらしい。
少しは安心出来たのだろうか。
兄の不在に合わせ、彼の修行中の安全やら帰ってきたときのアレコレを考えて不安になっているのだろうし。
・・・どうしてやる事も出来ない。
ただ近くで見守る事しか出来ない。
心苦しいものである。
あぁ、髭切もこんな感じで弟を見る事があるのかな。
源氏兄弟の擬似体験しているようで、何だか興味深い。
明日になったら膝丸に髭切の手紙を見せてやろうか。
それともそれとも近侍の仕事に忙殺させて、兄の事を考える暇も無くしてやろうか。
それとも戦闘の経験値を積ませようか。次の修行行きは膝丸かも知れない。特カンストが修行行きの条件なので間に合わせてやりたい。
髭切の修行期間の間に、髭切はもちろん膝丸も成長するのだな。
無駄なことなどこの世には一つもない。
うまく出来ているなぁと、自分は深く心に思った。
