「主殿、出立の準備が出来ました!、お急ぎを!!」
馬の方から、誰か別の声がして、自分は我に帰った。
威圧感のある男は、自分の本体を手にしており、今にも手折る所のように見えた。
主殿と呼ばれた男も、威圧感のある男も、その声に振り返る。
先行組の出立の準備は既に出来ており、後は主殿と呼ばれた男が馬に乗るだけの状態になっていた。倒れていた人は大きな布に包まれ、馬上で支えられるように工夫されているようだった。
「一刻の猶予も許されません。直ちにこの者を手入れ部屋へ。どうか、主殿のお力で、この者をお助け下さいませ」
うむ と小さく頷いた主殿と呼ばれた男は、チラリとこちらに目を向けたが、それだけだった。直ぐに準備の出来た馬の方へと歩み寄った。威圧感のある男は、黙ってそれに付き従う。
自分の本体は、他の居残り部隊の人間に手渡された。
主殿と呼ばれた男は、呼んでも既に反応をしなくなった者の体を抱くようにして馬に乗り、少数の者を従えて疾風の如くその場を去っていった。
あっという間の出来事だった。
「・・・命拾いしましたね」
呆然とする自分に声を掛けてきたのは、自分の本体を手に持った細身の青年だった。
多分そうなのだろう。
分からないなりに曖昧に頷くと、その細身の青年も曖昧に微笑んだ。
「本体を破壊されず、習合もされなかった。あなたは、あなたでいられるのですよ」
よく、分からなかった。
よく分からなかったけれど、一先ず、脅威が去ったのだけは、よく分かった。
底知れぬ恐怖は一気に消え去り、安堵のあまり、膝がかくりと力なく曲がり、自分は地面に転がってしまった。
「大丈夫ですか?」
自分の本体を大事に抱えながら、細身の青年は受肉した体も支えてくれた。
「主殿が遠くに去られ、審神者の主殿との繋がりの薄いあなたは、その内顕現していられなくなるでしょう。そして我が本丸へいらしたら、間違いなく習合されます」
恐らく主殿は、我々があなたを本丸へお連れする事をご希望でしょう。
しかし、それも憚られます。
間に合えば手入れ部屋に入る事となるあの者のために、主殿には しばらくその力を注いでやって頂きたいのです。あの者のことだけを考えて頂きたいのです。
せめて、あなたのほんたいは、サビのこぬよう 油紙をまいて さしあげましょう。
そこまでしかできぬ われわれを、どうか、おゆるしください
薄れる意識と世界の温もりとを、その人の声とともに、自分は失った。