神に至る道

神経の使い方

今度は味覚神経編

 

ここに関しては

何を食べたら神に至るということではない

むしろ食べないという考察に近い

 

地球では肉体という有機体を維持するために食事が必要とされてきた

これは

言い換えると

生命を維持するエネルギーをいかに確保するか

ということになる

 

結論から言うと

食べなくても生きていける時代に突入した

 

 

有線インターネット接続から無線WiFiへ

固定電話から携帯電話へ

原子力発電から太陽光発電へ

というシフトに伴って

有機体のエネルギー供給も無接続で可能になってきた

 

食べなければ死ぬ

という概念は

恐怖の象徴でもある

 

食物宗教

消費宗

と置き換えるとわかりやすい

 

このことは未来では宗教の歴史と同じものとして解説されている

宗教観の変遷と同じだというわけだ

 

世界の中心的な宗教では長い時代

神の存在が信者を吸引していた

そしてある時から「神は死ん」で人々を開放した

 

不思議なことに

神が死んでも信仰は生き残った

つまり心がなくとも生きていけたのだ

 

これと逆の現象が食の世界では起きる

 

モノがなくとも生きていける

ことがわかってくる

 

生命のエネルギー源は食物だけではない

 

仙人が食べているのは霞というエネルギー

 

エネルギーは霞以外にも無数に存在している

 

イスラエルでは空気中から水を精製できるようになったが

エネルギーも同じように空気中から精製できる

 

プラーナという概念もある

 

人間は光合成もできる

葉緑体ではなくエネルギー波動を感知変換する機能があるから

 

すでに世界中には多くの無食の人々が存在している

 

もし食べなくても生きていけるとしたら

食べるための労働から解放されることを意味している

 

それらは恐怖シフト

 

食べなければ死んでしまう

働かなければ死んでしまう

 

この恐怖を開放できるかどうかにかかっている

 

不思議なことに

食べなければ死んでしまう

のマインドセットを持ったままだと

当然ながら食べないと死んでしまう

 

肉体が滅びるのではない

信仰が肉体を駆逐するのだ

 

神に至る道

神は恐怖を知っているが

恐怖の幻想も知っている

三次元においては

恐怖に対するレッスンが高難易度に位置する

 

わたしもこの肉体をつかってやってみた

 

まずは三日間の断食をおすすめする

その過程で体の声を聴いてみほしい

なぜ食べたいのか

何に突き動かされて空腹が襲ってくるのか

そこに実体があるのか

 

こればかりは体験してみたいとわからないかもしれない

いますぐ無食をしなくてもいい

恐怖の本質をみるだけでもいい

 

エネルギーの可能性と無限性に気づくことができたら

なおいい

 

自由の概念が変わってくるから