人間は自分の肉体に対して致命的攻撃を加えられようとするとき、どういう行動に出るか?

か弱き女性なら反撃せず無抵抗のまま絶命を余儀なくされるかもしれない。
その時の心理(想い)はどうだろう?
間違いなく「殺してください」とはならず恨みや怒りに染まるでしょう。
まれにドラマやアニメなどで「南無阿弥陀仏~~」と唱えるお婆さんを見かけますが・・・。(笑)

それでは男性の場合はどうでしょう?
出来る限りの反撃をしようとするだろうけど、もし相手を殺してしまい生き残れた時、後の自分に対する法的処分などを考えないだろうか?
これは法治国家特有の意識かもしれませんが・・・。

人を殺したのに人殺しのレッテルを張られたくないという想い、この想いが自己を苦しめる要素(執着)になります。

現在イスラム教系の国家紛争が盛んな状況ですが、彼らは決して結果の報いを考えて行動はしません。
何故でしょう??
信じて行動しているからです。だからと言って人殺しを是認しているわけではありません。

大事なことは、各々殺す方殺される方が行為の結果に執着せずに救われた境地を得れるかどうかです。
どちらかの味方にたって解釈しないでください。

人を恨んで死ねば必ずカルマを背負って転生します。
殺しの優越感に浸れば恐怖に心が支配されます。

どちらも救いようのない地獄の世界に存在することになるのです。

主クリシュナは私たちに諭します。
いかなる活動に於いても私に依存し、常に私の保護のもとで行動しなさい。そのような崇拝帰依の境地で私を十分に意識しなさい。
全ての宗教を放棄し、ただ私に服従せよ。恐れるな。私がおまえをすべての罪の報いから救おう。

人はとっさの時に判断を誤ります。
しかし常日ごろから神に服従し崇拝する者は間違った判断をしません。
荒れ狂う心を主にしばりつけて望み想うままに行動することは間違いにはならないという事です。
バクティー・ヨーガとは特効薬ではありません。精神知識という完全なる栄養です。

先程のお婆さんの「南無阿弥陀仏~~」ですが、間違い有りません、正解です。
このお婆さんの魂は来世必ず明るいものとなるでしょう。

最後に大事なことを1つ。
「全ての宗教を放棄し」とは、道徳・倫理・各派宗教教義等の規定も意識するなという事です。
なぜなら、主クリシュナにだけ服従する事、これはもう宗教の大原因の主クリシュナが行為の代行をしてくれると解釈してよいのです。
そのようなことになれば、そこには罪など存在しません。