猪目洞窟のあたりから見えた巨大な風車群
日本海に突き出した十六島鼻に複数建設された風車の足元には、観光スポットとして整備された十六島風車公園があります。
あえてタイトルにルビを振らなかった理由・・・
さて、十六島を何と読む??
某大手飲料メーカーの・・・
それは十六茶!!
じゅうろくしま??
・・・そのまんまやんけ(笑)
正解は、「うっぷるい」と読みます。
北海道にありそうな響きですが、島根県出雲市(旧平田市)の地名です。
まぁ、地元の方以外には読むのが難しい地名ですね。
語源は「海藻を採って打ち振るい、日で乾かす」ことを指す「打ち振るい」が転訛したともされていますが、諸説あり詳細は判然としていません。当地で有名な産品は、地名の語源ともされる「海藻」、すなはち「十六島海苔」です。通も唸る知る人ぞ知る高級な海苔です。海苔は、紅藻類や緑藻類などの食用となる海藻の総称です。これらを漉いて紙状に乾燥させた板海苔や醤油などで煮炊きした海苔佃煮の加工品は、ごはんのお供として日本人の生活になじみ深いものです。
海苔にまつわる歴史は古く、飛鳥時代末期の701(大寶元)年に制定された「大寶律令」において、海苔が租税の対象であったことが記載されています。このため同律令が施行された2月6日は「海苔の日」とされています。
710(和銅三)年に遷都した平城京には、海藻類を売る「和布店(にぎめだな)」や、海苔や昆布を佃煮などに加工したものを売る「藻葉店(もはだな)」と呼ばれる市場も存在していました。書物では、奈良時代初期に編纂された『常陸国風土記』や『出雲国風土記』などにみられます。
古くは天然のものが主流でしたが、江戸時代になると養殖技術が確立され、江戸前で養殖された海苔を浅草和紙の製紙技術を用い、紙状に加工して誕生したのが「浅草海苔」と呼ばれるものです。
海苔製品を扱う業者さんを訪ねてみると、「○○園」いう屋号がわりとよく目につきます。これは元々お茶を扱う業者さんであったことが多いためです。静岡あたりでは海苔とお茶を両方取り扱いしている場合もあります。つまりは、湿気を嫌う茶葉の製品の湿度管理のノウハウを同じような特性をもつ海苔に応用したからだとされます。「上から読んでも、下から読んでも」のキャッチフレーズで有名な山本山は、戦後になって海苔の取り扱いをはじめた元々はお茶のメーカーです。
現在、国内に流通している海苔製品の大部分は養殖物であり、天然ものにお目にかかるのは稀といってもよいでしょう。これは国産岩海苔の産地が、日本海側の島根県および兵庫県などの一部地域に限られているためです。
このような岩場で冬の干潮時に手作業で剥ぎ取り採取します。足元は不安定で滑り易く、波打ち際などの作業で高波にさらわれる危険性があり、気象・海象に大きく左右され生産量が極端に限られます。このため、その希少性から原料価格も養殖ものと比較して大幅な開きがあります。
「養殖もの」か「天然もの」かの簡単な見分け方は、商品ラベルなどでできます。それは「岩海苔」と謳われているものが「天然もの」です。これは「景品表示法」に基づく措置であり、これを見れば一目瞭然です。ただし国産の岩海苔とは限りませんので、価格と量目などのバランスで判断してください。
なお、「岩海苔」は生物の進化系統に依る区分ではなく、岩に自生している天然物か人工培養した養殖物かの分類であり、このことから同種のものであっても呼び名が異なるという少しややこしいことになっています。
この十六島では、昔から塩漬けにした魚を桶に保存する風習があり、家人が留守の間に子供連れでやって来て、それをむしゃむしゃと骨ごと食べるものがいたという。
![山陰百貨店―山陰ぐらし☆右往左往―-海女房 2013.08.31](https://stat.ameba.jp/user_images/20130901/00/sanin-department-store/4e/29/j/o0389057612668554212.jpg?caw=800)
ある時、その光景を見たものが、退治しようと村人を呼び寄せている間に桶の魚を食べつくし逃げ去ったという。 また、人間を食おうとしたという話もありますで、性格はかなり凶暴であると考えられます。
この海女房の骨は止血の妙薬として、古来より珍重されたとということです。
その姿はご覧のように、半人半魚のいはゆる半魚人で、海坊主の妻という説もあります。
◆参考資料
『日本妖怪大全』 水木しげる 著 講談社 発行
『日本妖怪大事典』 水木しげる 画 村上健司 編著 角川書店 発行