深夜、どこからともなく聞こえてくる笛や太鼓のなどの囃子の音。音の主を探しに出かけても、ついにはその姿を確かめることはできないという音の怪異。

江戸・本所七不思議五夜目の話しは狸囃子です。

本所牛島に下屋敷のあった肥前・平戸藩主の松浦静山は、江戸での見聞を『甲子夜話』に記しており、「狸囃子」について、そのありかを探ろうと本所一帯を家臣に調べさせたが、戸を叩く「ドンドン」という音と、法華太鼓のような「ドンツク」が高低をもって響き、近づくと別の方向からも音がする。・・・きりがないのでとうとう諦めたという記述がある。

 

また「狸囃子」を探しに誘いあって出かけたてはみたが、どこから音が聞こえるのかさっぱりわからない。探しあぐね、くたびれ果てて家に戻り寝てしまった。寝ていると耳元でやけに烏の鳴き声がやかましい。目が覚めると狸どもが棲むという噂の野っ原であった。あわてて頭に手をやると、夜露に濡れてはいるものの、髷はある。ホッとして互いに顔を見合わせたなどという話も伝わっている。

 

狸囃子が聞こえたとされる東駒形三丁目の本所中学校


山陰百貨店―山陰ぐらし☆右往左往―-狸囃子(東駒形三丁目本所中学校付近) 2008.08.02

 

当時の本所は江戸の外れであり、「狸囃子」が聞こえたとされる場所はさらに外れの農村地帯であったことから、農作物の豊穣を祝う秋祭りの囃子の稽古する音が風に乗り、それがいくつも重なって奇妙な音色やリズムになったもの、または柳橋あたりの三味線や太鼓の音が風の加減で遠くまで聞こえたものではないかと考えられている。

 

本所以外の江戸市中だけでなく、加賀(石川県)山中や京都、筑紫(福岡県西部・南部)などにも「狸囃子」が聞こえたという伝承がある。それらの中でも最も有名なのは、千葉県木更津市にある證誠寺しょうじょうじ)の「狸囃子」であろう。

 

山陰百貨店―山陰ぐらし☆右往左往―-アクア木更津(旧木更津そごう) 2008.02.22


JR木更津駅西口には、「月夜の狸囃子像」が建立されています。

◆参考資料

『日本妖怪大全』 水木しげる 著 講談社 発行

『日本妖怪大事典』 水木しげる 画 村上健司 編著 角川書店 発行

『江戸の闇 魔界めぐり ‐怨霊スターと怪異伝説‐』 岡崎柾男 著 東京美術 発行