最近、ちょっと気になりますので書きます。

右翼と左翼って、何が違うのでしょう?

私は先祖から継承した我が国の伝統的な道徳、慣習などを守っていかねばならないという信条を持っています。このような立場は政治学上「保守(右翼)」と呼ばれています。

ここで、保守と右翼を同列に語ることに違和感を覚える方もいらっしゃると思います。

しかし、政治学上用いられる用語というものは、その対象が国民やや国家という生々しいものを対象とするので、その性質上どうしても曖昧で多義的、相対的な要素を含んでしまうのはやむを得ないところです。
右翼という表現はフランス革命のいわゆる王党派に発するものと一般的には理解されており、政治学上はいちおう保守と同義に用いられていることが多いと思われますので、細かい議論はまた後日に譲るとして、今日はひとまず保守と右翼を同義に用いることでご了解をお願い致します。

さて、今日私が問題にしたいのは、右翼と左翼の違いです。これが意外にも誤解されているような感があります。

先ほども書いたように、右翼とは従来の道徳や慣習、伝統を保持していこうという立場です。従って、左翼はその逆です。従来の道徳や慣習を破壊し、新国家の建設(革命)を図る考えです。従って、どうしても左翼は暴力的・破壊的になります。破壊して革命を起こさねばなりませんので。

だから、左翼=平和的という考えは、矛盾に満ちた偏見であり、ウソです。

この基準に当てはめれば、右翼と左翼の違いはお分かり頂けると思います。

では、具体例です。伝統的な慣習による政治の意思決定のやり方を否定し、特定のものに主権(=政治についての決定権)を与えてしまう主権論を唱えた学者たち(当時はもちろんこのような言い方はありませんが)、例えばルソーは左翼です。社会科の教科書には必ず出てくる人物ですね。

また、ナチズムやファシズムも従来の道徳や慣習を否定して新国家の樹立を目指しているので、左翼です。従ってヒトラーやムッソリーニは左翼です。

同じ左翼なのに、ルソーは教科書では偉人として(?)賞賛され、ヒトラーは独裁者として描かれる。
一体なぜなのでしょう。ここのところを調べていくと、何か面白いことが色々見えてきそうです。