18章中に退院まで一気に書きたいところです。



 

 一時危篤状態だった祖母だが、本当にうれしいことに小康状態を保っているという知らせが実母からもたらされた。

 

 お願い、おばあちゃん、わたし、退院して行くから元気でいてください。


   心から祈っていた。

 

 祖母に面会後、はじめての外泊は土日だった。両日とも保育園なしで夫と2人で育児・家事の2日。

 

 「早く治らないと」という前のめりの気持ちがもっと前の目って、到着したら「普通にできないと」ばかり考えていて空回りしていた。


   一瞬不安が襲ってきた。そわそわしてしまう自分がいた。

 

 夫が、外に食べにいこうよといって出かけた。

 

 「あーなんていい天気なんだ。すごい気持ちいいなー。ほら、こんなに気持ち良い晴れの陽ざしを風を楽しんで。上向いて」

 

 私は、「頑張らなくちゃ」と下向いて自分に言い聞かせていたが、夫がいいトスをあげてくれた。

 

 真っ青な青空。風がそよそよふぶく。私のやっぱり灰色な心をパッパと「おでかけですよ~レレレのレ~」とほうきではきだしてくれるような天気だった。

 

 夫はいつも、前向きで上向きだ。ありがとう。

 

 外泊の2日めは疲れていることが多かったのだが、朝のめざめはすっきりだった。

 

 「外泊2日目の方がさらに調子がいいって実は初めてだ。素晴らしい」と記録にある。

 

 料理をし、ミルクをあげて、だっこして、上の子とも遊んで・・・

 

 そして、我が家で前進だと夫婦そろって実感したことがあった。

 

 「ルンバ発動!」だ。

 

 お掃除ロボットルンバがうちにはあるけれど、ルンバが生きるのは「床に物がない状態」を用意してあげないといけない。

 

 午前に床にあるものをあげ、椅子もあげて(飲食みたいに)、ルンバ発動!!

 

 タラーララーンという起動音。

 

 上の子は「ルンバが来るからはやくいくよー」と言って玄関に逃げろ―と走る。

 

 「すごい、ルンバできた。すごい進歩だね」 夫がしみじみ言った。

 

 我々の日常のひとつだ。何気ないひとつが私にはすごく重みがあった。

 

 できた。死んでいたルンバ、動いた。

 

 わたしも動く。

 

 公園で遊んだり、一緒に昼寝したり、夜は家族で鍋食べて。

 

 「また来るね」と家族と玄関でお別れする。

 

 「この土日は進歩あったんじゃない?」夫が笑顔で送り出してくれた。

 

 上の子は「心配ごむよーう」と言って、ハイタッチ。

 

 病院に帰る夜道、私は足早だった。

 

 進歩あったんじゃない?



   夫の言葉を噛み締めていた。


  あった。すごく、あった。

 

 病棟に戻ったら、談話室の主、Kさんが「お帰り、外泊のもどり?」と言って声をかけてくれた。

 

 「みんなでお菓子食べてしゃべってるから藤田さんもどう?」と。

 

 前の私ならくたくたに疲れて部屋にこもりたいところだったが、伺いますと荷物を置いてみんなの輪に入った。

 

 女性ばかり5人が集まっていた。うち3人は、私と同じ世代かな?30代くらいに見えた。

 

 私以外、みんな統合失調症の患者さんだった。

 

 ここで、ちょっと驚いたがそりゃそうだ、と思ったことがあった。

 

 恋愛トーク全開だったのだ。急性期病棟ではなかった。


   そりゃこれだけ男女が共同生活を送っていたらイロコイありますわな。


  なるほど。

 

 ベリーショートがトレードマークの女性。通称ベリーちゃん。入院して1年だという。同じ疾患の男性患者さんに好意があって

 

 「藤田さん、告った方がいいと思う?藤田さん来たばっかりだし、冷静な目でみれるでしょ?」

 

 と。うーん、、、彼女を見ていて思うのが、その男性患者さんが好きオーラめちゃくちゃ出ていて、同じ談話室にいて通りかかると目で追って、目が合うと赤くなって口をひょっとこみたいにしたり。

   なぜか意中の男性の話になると、歌うように

 「アタック〜ナンバーワン〜」

と照れ隠しする。


   かわいい笑



 

 わたし、中高女子校だったのでわからないが、なんか共学だとこういう感じなのか、とか思ってわらってしまった。

 

 「ベリーさんの好きオーラ出てますよ笑」と返すと「まじーやばいー」と言って落ち着けようと折り紙を傍らで降り始めた。

 

 そして、もう1つの、長期入院ならありうるわな、のケースが。

 

 入院して4か月の女性。ぽっちゃりしていてかわいらしい、ハムスターに似たハムちゃん。

  感情の起伏が激しく、ニコニコしている時はいいが、

たまに、ものすごい言葉づかいで人を罵倒しているのを見かけた。

 

 「てめー死ねー。くそ野郎」など。すごい、文字で書くとなかなか。 

 

 「私は、看護師のOさんが好きで。でもさ、患者と恋愛ってできないよね、どう思う?藤田さん?もう、きょうOさんが夜勤で寝られない。」

 

 みなさん、私がここの病棟の人間関係ことよく知らずにまっさらな新参者だから、初対面でド直球投げてきます。

 

 ちょうど、ナースステーションからOさんが出てきた。話したことないが、小動物系のくりっとしたかわいらしい目の男性だ。

 

 私「Oさん、可愛いですね笑」

 

 ハムちゃん「でしょー、ね、だめかな?看護師と患者の恋って」

 

 わたしは、何とも答えようがなくでも、たぶん絶対タブーなんだろうと思い

 

 「患者という立場では厳しいでしょうから、まずは退院を目指しましょうか」というと、ハムちゃんはなんか腑に落ちていた。

 

 そこに、スキンヘッドの結構高齢の男性が通りかかった。

 

 「ブスが集まって何話してんだよ、ブスが!!!」

 

 と罵倒してきた。

 

 そうすると、ハムちゃんが「ブスとかうっせーんだよ、このハゲが~!!失せろ!バカが!」と立って罵倒返し。 

 

 いやーすごい。そこに看護師Oさんがナースステーションから駆けつける。

 

 「はいはい、●●さん、落ち着いて」

 

 後から聞いたが、男性はなんから脳に疾患で女性を見てはとにかくその容姿を罵倒する症状があるそうだ。うーん、これ、家族も大変だろうな、と思った。

 

 しかし、男性の夕飯に奥様が付添っているのをみたことがあるのだが、奥様には優しいん。


   他人に対する感情がコントロールできないのだろう、と思った。

 

 看護師Oさんに、罵倒姿を見られたハムちゃんは落ち込んでいた。

 

 「ね、藤田さん、わたしOさんに嫌われちゃったかな?どうしよう」

 

 わたしは、「大丈夫ですよ、Oさんも、●●さんが感情の調整が効かないのは病気のせいだってわかってくれているんじゃないですか?今度いるときは笑顔でいられたらいいですね」

 

 「だよね、だよね、わかってくれるよね~」

 

 こうやって慢性期病棟の夜は更けていくのだった。