荷解きをしているうちに夕飯の時間になった。

 

 ピンポーン「お夕飯の時間です。コップをもってお集まりください」

 

 さて、どこに座ったものか。これ、絶対、急性期と違って「指定席」的な空気があるわ・・・

 

 通りがかりの看護師さんに「座っちゃいけない席、ありますか?」と聞いたら、「あります」とだけ、言われ、「なら、座っていい席どれか教えていただけませんか?」と聞いたら 「待っていれば、みんな席に着くのでそれで、空いているとこ座ればいいですよ」と言われた。

 

 うーん、、立ってずっと待っているのもだし、みんなと違うタイミングで食べ始めるのも・・・と思い、目に留まった席についた。そこは、誰か患者さんが作ってうずたかく積み上げているツルの山で、席の半分くらいが埋まっている。誰もここでごはんを食べるものはいまい、と思って腰かけた。

 

 そこに、男性が来た。

 

 「そこ、俺の席、どいて」 

 

 ここで食べるのか!すみません、といって席を立ったら男性は食事のトレイを持ってきて、ツルをよけて少しトレイを手間にはみ出して食べている。 

 それなら、他の席に行けばいいのに、と思うがこだわりなんだろう。

 

 それを見ていた薄いサングラスのようなメガネを女性、おそらく50代くらいだろうか、が

 「そこの席あいてるわよ」と言って、自分の席と、ツル席のどちらかもななめ前になる席を指さした。

 

 「ありがとうございます!」と言って、座った。そこが、慢性期病棟での私の指定席にこの瞬間決定した。

 

 親切なひとだ。彼女はKさんという名前。

  

 黙々と食べる中、看護師さんの声が響く

 

 「ちんたら食べてんじゃないわよ」


    病院貸出の入院着のボタンがちぐはぐて、夕方だけどものすごい寝癖のついた男性。ちょっと口がぽかんと開いているのだが、50代と思われる、でも茶髪のナースからハッパかけられていた。

 

 なんだろう、この病棟の看護師さんの「当たりの強さ」は・・見ていて辛い。彼もしたくてそうしているわけではないはずだ。

 

 私の隣に70代くらいの女性が座る。ここが指定席なのか。ももくもくと食べる。「新しく入ってきた人?」とか、そういう会話ゼロ。無関心。

 

 わたしは、夕飯を食べ終えたらさっさと部屋に行った。

 

 なんだろう、この看護師さんに対する違和感。言語化しないと。

 

 そこで浮かんできたのが「尊厳がない」「敬意がない」という言葉。

 

 この慢性期病棟の患者さんは、3か月たっても退院できないだけあって、重症の患者さんが数多くいた。統合失調症を患っている人が多かった。


  症状なのか薬の副作用なのか、ぼんやりしている人も多くいた。

 

 その患者さんたちに対して、同じ目線で付き合い、寄り添う空気がない、のだ。なんか軽くあしらい、邪見にしてさえ見えた。

 

 私は、すごいところに来てしまったな、と思った。1階分、たった5メートルくらいの差でこんなに「落ちる」のか。

 

 すごく胸が苦しくて、涙が出てきた。個室だけど、声が漏れたらいけない。ベッドの中で布団をかぶって泣いた。こんなところ抜け出したい。

 

 そうしているうちに、午後9時の消灯の時間が来た。

 

 きょうは、睡眠導入剤を入れないと寝れない確信があった。ナースステーションに行った。

 

 10人くらい並んでいる。なんだ、この列は。急性期病棟では、並んでも5人くらいだった。

 

 みんな目に生気なく、並んでいて、自分の番が来ると「●●」と薬名だけいって、その場で飲んで自分の部屋に行く。もうそれが、永遠と繰り返しているのだろう。

 

 私はしばらく様子を観察しようとして、列がとだえるのを見ていた。数えたら15人だった。 

 

 最後に、看護師さんが「あ、えーっと、名前なんでしたっけ?」と聞かれた。

 

 いつも飲んでいる薬を飲んだ。「藤田さん、きょう初めて来たんですね」その日の夜勤の男性。ちょっとやさしめだった。

 

 この人なら、話せるかも。

 

 「一瞬いいですか?わたし、きょうここに来たんですが、こう言ってはとても失礼ですが、急性期と雰囲気が違うというか・・・患者さんもそうですが、看護師さんも、患者への当たりが強いっていうか・・・」

 

 「僕、この病棟しか担当したことないからわからないけれど、急性期と慢性期の雰囲気が違うのは当たり前だと思いますよ。あっちは、心身ともに休ませ回復する場所ですが、こっちは、こちらは自立を促していくわけですから」

 

 あー、なるほど。納得した。そうだ。急性期には癒しがあった。これは患者同士で謎だ、と話題になったが、急性期病棟の看護師さんは男女ともに美男子か、それか性格が超いいひとたちばかりだったのだ。

 

 「あれって、癒しのためにそうおいているのかなぁ」なんて、話していた。

 

 そうか、この病棟の看護師さんたち、扱いが雑なのは、自立するためにケツたたいているからなのか。

 

 まだ気持ち的に急性期との落差が激しくて受け入れていないが、頭で理解できた。