2015/5/4

 

 

ニャンチ、我が愛しのR・・は引き潮と共に還っていった。

23時30分、心臓は働かなくなった。

 

その日私は休日で家人は皆旅行でおらず、一人と一匹は、朝からゴロゴロと過ごしていた。

といってもR・・・はその日一度も立ち上がることが出来ないままでゴロゴロするしかなかったのだ。

昨日は玄関まで仕事に行く私を見送りに来てくれたというのに。

そんなニャンチに私は付きまとい、とにかく病者を労わる看護者ではなく

迷惑な身内(禁食の患者に好物を持参し勝手に与える家族に対しいつも私が思っていること)以外の何物でもなかった。

この日一日でR・・・はもしかしたら数日分の命を削ってしまったかもしれない・・・

でも、身勝手な同居人は思う。

立ち上がることも出来ない姿で自分の欲することが何もできない状態を続けることの方がつらかろうと。

だから私は思う。R・・・が長く苦しむよりはよいと。

しかしそれは身勝手で保身的な思いかもしれない。

「愛と追憶の日々」母シャーリーのように、闘病生活を送る娘を看病しながら「早く死んでほしい」と少しでも思わなかったか?

翌日も休みであったが頭の中では明後日から彼女を誰に見て貰うか気を揉んでいた。

・・・に了解を貰ってはいたが、きっとR・・・はそんな私をあきらめつつ受け入れ、すべて許して呑み込んで逝ってくれたのではないだろうか?

 

夕方になり、私達は少し外の風に当たりにいった。

R・・はもう外には何の関心も示さなかった(示せなかった)

毎年GWに吹く、庭のクレマチスを散らすやや強い風の中、私は猫を抱き、二人で玄関の階段に座った。

昨日、家人が目を離した隙に庭に出ていたという話しを聞き、少しでも庭に関心を持ってくれるかと思っていたが、それは結局徒労に終わった。

 

ニャンチを抱いて二階へ行き、床の上に下ろし、暫くは食事をしたりパソコンを覗いたりした。

彼女は下ろすとき二度程吐き気をも要した様子だったが、結局、吐かなかった。(といっても吐くようなものは何も残っていなかっただろう)

その後は畳の部屋でふたりで眠ることにした。

一緒の布団にR…を置き、9時には横になった。

 

気がつけば23時を過ぎていた。

R・・・の呼吸が荒くなり、体はカーっと熱くなった。

私はアイスノンを横に置く以外何も出来なかった。

只々、R…、ありがとうね、だいじょうぶだよ、と言うしかなかった。

2~3分も苦しまなかったと思う。

3回、4回、荒い呼吸を繰り返し、、私以外の何かに誘われたのか、彼女の魂は私のそばから、自らの身体から離れていった。