...8歳の時、家族で”フィリピン”へ行った。

 

俺にとって初の「海外」であり、親父の”故郷”である。

 

それまで”外国”という言葉を知ってはいたが、意識したことはなかった。

 

一言で言うならそれは...ぶっ飛んでいた。笑

 

「乗り物・建物・景色・言葉・生活・文化・価値観」

 

全てが自分が知らないものばかりでとても衝撃で新鮮だった...。

 

そしてその印象はとても”悪かった”。

 

幼少期の頃、美味しくて見た目まで美しい高級料理を好きなだけ食べさせてもらっていた幸せなガキだった当時の俺には、

 

フィリピン料理の独特な臭いや見た目、味などにひどく反応し、受け付けずに口にすることができなかった。

 

親父のフィリピンの家族には兄弟が沢山いて、その子供たちもまた姉妹が沢山いた。

 

それ故、俺のフィリピンの従妹も沢山いた。

 

彼女たちは全員”女性”姉妹だ。

 

言葉は通じないが雰囲気良く優しげに接してくれたことで仲良く打ち解けるのは早かった。

 

...しかし、

 

食事の際にみんなでテーブルを囲み、食前に何か唱え事をしていて、一向に手をつけないのでお腹が空いていた俺はおもむろにその最中に食事に手を伸ばすと注意されたり、テーブルの上に左手を乗せると皆が驚いて俺のことを見るのを不思議に思っていた。

 

「行儀が悪い」

 

と言われたこともあったが、彼女たちはスプーンもフォークも使わずに手で鷲掴みし食べているのを見て

 

「...どっちが?」

 

と思ったこともあった。

 

ある日、従妹たちが俺を家の裏にある農場へ案内してくれた。

 

そこにはヤギがいて、彼女たちは餌を与え僕にもやってみるよう促した。

 

今まで犬や猫を触ったこともあったし、動物園にも行ったことがあったので、動物にはそんなに抵抗はなかった。

 

それにそこまで身近に触れ合ったこともなかったし、ましてやヤギだったのでとても新鮮な経験でそれは楽しかった。

 

俺たちはその日長い時間そこで過ごして遊んだ。

 

...その夜、食卓になんだか”奇妙なもの”が出てきた。

 

見た目はまあよく見る唐揚げのようなもので、「新鮮な味だな~」と思いつつ他の料理に比べ臭いも薄く肉だったので抵抗なく食べることができた。

 

だが、なんだかフォルムが所々見たことがあるような知っている物のような気がして気味は悪かった。

 

「...これは何の料理?」

 

俺が従妹たちに質問すると、彼女たちの1人が答えた。

 

「今日一緒に遊んでいたヤギだよ!今日は特別な日だから豪華なんだ。今スペシャルを持ってくるよ◎」

 

そう言って、台所の奥から彼女が持ってきたのはヤギの頭の丸焼きだ。笑

 

とんでもない衝撃を受けた俺は思わず声を上げてしまった。

 

自分は何を食べさせられているんだ?彼女たちは一体何を考えてるんだ?なぜ彼女たちはこんなことをして笑顔でいるんだ?

 

ひどく動揺を隠せていなかった俺に彼女たちは戸惑いながらも、

 

「フィリピンでは地域の文化で、私たちは大切なゲストが来た時にはヤギをみんなで食べてもてなすんだ。今回は君たちが日本から初めて来てくれた大切な機会だからご馳走だよ◎

滅多に食べたりしないんだ」

 

...。(何を言ってるんだ?)当時の俺が1番最初に思ったことだ。笑

 

昼間に仲良くみんなで遊んでいたのがフラッシュバックし、俺はとても気分が悪くなってしまい、トイレへ駆け込んだ。

 

その後は手をつけることができず、俺はインスタントの味噌汁を飲んでいた。

 

それでも味と言うより気分を変えることができずに動揺し続けた。

 

「こんなところ早く帰りたい」

 

...当時の俺は1番最初そんなことを思っていた。

 

しかし、翌日従妹の1人が言った。

 

「私たちは大切な時間や特別な時間に、時にそれをもてなし、それまで一生懸命に育てているんだ。別れが来るときまでつながっている時間をとても大切して、自分たちの命に感謝し、またその生き物たちにとても感謝する必要がある。ヤギに限らず”動物”はみな全て生きているんだ。」

 

この”言葉”を聞いたときにそれまで自分が”ごはん”を食べていた時にそんなことを考えたことがなかったので、すごい新鮮だったのを覚えている。

 

昼間にヤギと遊んでいた時に彼女たちが動物をとても可愛がって愛情を注いでいたことに嘘はなかったし、彼女たちにとってはすごく深い意味があり、良い考えだな~と思って感心した。

 

その後もレストランなどへ行ったときは、慣れない味が多く得意でない料理ばかりであったが、

 

「これを食べていることができている時間は幸せなことなんだ」

 

と思い、苦手ながらも少しずつ食べていた。

 

もちろんその当時からそんな中でも好きなフィリピン料理もあった。

 

「アドボ」といわれる肉料理だ。


※東京・西荻窪「アテ」

 

もちろん見た目や調理方法も店舗や家庭によって異なる。

 

自分が食べたのはもっと黒っぽいもので、初見見た時は「これは食べ物か?」と思って驚いた程だが味はその当時唯一好きだった。笑

 

よく行きつけのレストランの店員が、僕のことを気に入り、

 

「ほっぺにキスしてくれたら割引もするし、次回は大盛りでサービスしてあげるよ」と言った。

 

彼は小柄だが声は低く、容姿は男性?だが...どこか女っぽい。彼はオカマであった。

 

フィリピンでは、同性愛している人も多くオカマやおなべも多いし、また自分の従妹の長女も性別は女性であるが、見た目はボーイッシュで、言動も男っぽかった。

 

当時の俺の兄貴は”女性”ということを俺も知っていたが、男と同じようなところを感じていることもあったし、それを東京に来てからずっと気づいていたので、フィリピンでのその光景に対して特別に違和感を感じる感情は湧かなかった。

 

僕は店員の彼のほっぺにキスをすることを拒んでいたが、優しく接してくれていることも嬉しく感じていたし、フィリピンの人たちは陽気で雰囲気が良くて親切で面白い人が多いな~とは感じていた。

 

日本へ帰国する日、なんだかんだで思い返すと、

 

「色んな新鮮な経験をして楽しくてとても良かったな~◎」

 

と思いつつも、やはり日本と比べ不衛生や治安の悪い部分や食事に関して全体の評価・印象は良くなく、何より「日本に早く帰って美味しいもの食べたり友達に会ったりゲームをして遊びたいな~」と思っていたので、

 

「きっともう来ることは無いだろう」

 

とさえ思っていた。笑

 

...1年後、親父の父親(おじいちゃん)が”危篤状態”であるというニュースが入った。

 

俺は彼らとの記憶が蘇り、従妹たちやみんなは元気だろうか?と気になった。

 

その夏休み、親父と2人きりで2度目の”フィリピン”へ渡航した。

 

 

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【海外】 フィリピン②