またひとつ痛ましい事故が・・・ | 産婦人科専門医・周産期専門医からのメッセージ

産婦人科専門医・周産期専門医からのメッセージ

 第一線で働く産婦人科専門医・周産期専門医(母体・胎児)からのメッセージというモチーフのもと、専門家の視点で、妊娠・出産・不妊症に関する話題や情報を提供しています。女性の健康管理・病気に関する話題も併せて提供していきます。

 産婦人科関連の医療事故のニュースです。以下に転載しておきます。

 出産時の態勢不備、1億5千万円支払いで和解へ

 愛知県豊橋市民病院で産まれた女児に運動障害などの後遺症が残ったとして、両親らが豊橋市に約2億7000万円の損害賠償を求めた訴訟で、市側が1億5000万円を支払うことで和解が成立する見通しとなった。

 25日に同市が発表した。

 女児は2008年5月に同病院で誕生したが、出産時に病院側が適切な対応をせず、低酸素性虚血性脳症による四肢の運動障害などの後遺症が残ったとして、両親らが11年12月に損害賠償を求めて名古屋地裁へ提訴していた。

 同病院によると、出産直前に胎児の心拍波形に変動が見られ、その後心拍が減る徐脈が起こり、緊急帝王切開などの対応が必要な状態になったが、当直の20歳代の女性医師がすぐに対応しなかったという。当直はこの女性医師のみで、女性医師はこの間、別の妊婦の出産に対応していた。

 岡村正造院長は「事故は夜間緊急時の態勢が万全でなかったために監視が不十分となって起きた」と説明した上で、「今後は誠心誠意、安全な医療に取り組む」と話した。

 同病院によると女児は現在5歳で、四肢が不自由で歩行できず、常時介護が必要な状態で、身体障害1級認定を受けている。女児の母親は「同じような事故が起きないよう態勢を整え、安心して出産ができるよう努めてもらいたい」とコメントを出した。

 市と両親らは9月30日に和解の覚書に調印しており、同市では来月2日に開会する12月市議会に議案を提出、議決を経て和解手続を行う。



 以下は私のコメントです。

 分娩の時期に関しては波があります。大波・小波があります。施設が扱ってる分娩件数によらず、一晩にそして同じような時間帯に数件が重なることがあります。そしてどんなに多くの分娩を取り扱っていても数日間分娩ゼロということもあります。豊橋市民病院は年間1000件近くの分娩を取り扱っているので、分娩が重なる頻度は高かったことでしょう。

 こうした分娩の実情を考えると、今の日本の周産期医療の体制では、こうした事故が一定頻度で起こってしまうことは避けられないでしょう。しかし、何とかしていかなくてはなりません。

 今回のケース、当直医は対応している分娩を助産師のみに任せてでもCTGを確認し、同時進行で帝王切開の準備をすべきだったのでしょう。20代の当直医と言うことは産婦人科医になってわずか数年の医師です。同時に進行している分娩をいかに安全に管理できるかをコントロールできるだけの能力を身につけておきなさいと言うのは酷かもしれませんね。時には人工破膜や促進などを行ってでも分娩の時間がずれ、安全に分娩管理できるようにコントロールすることも産科医としての実力のひとつです。

 私は若い頃から教えられたのは、同時進行の分娩があっても常にCTGは確認しなければならないということでした。そしてCTGに問題のある症例から目を離さないことが大切だということでした。逆に正常分娩であれば助産師のみの対応でも問題ないわけですから、CTG次第では助産師に単独で対応するように采配・指示しなければならなかったことでしょう。会陰切開も助産師に任せればよいのです。傷は押さえていれば出血もコントロールできます。

 こうして私は数多くの同時進行の分娩や帝王切開を安全に乗り切ってきました。患者さんは状況を説明すれば必ずや理解してくれるものです。

 逆にこの時に担当していた助産師もCTGに問題がある事を強く訴えて正常分娩に関わることなく対応するように頼むべきでした。

 「出産直前に胎児の心拍波形に変動が見られ、その後心拍が減る徐脈が起こり、緊急帝王切開などの対応が必要な状態になった」とあります。おそらくは30分や40分の猶予は十分にあった症例と予想されます。それだけに残念です。

 日本の多くの分娩施設が夜間は産婦人科医1人ないし2人、助産師・看護師も3人ないし4人の大勢が多いことでしょう。豊橋市民病院であれば万一緊急の時には外科当直や研修医に応援を頼んでも良かったことでしょう。当直の看護師長に応援を頼んでもよかったはずです。

 自宅近くで分娩できるように分娩施設を分散させている日本の現状を再検討し、分娩施設は集約化を図るべきです。そうすることで産婦人科医も助産師も夜間や休日であっても、相当数確保できることになるのです。もちろん、分娩施設が減ることになるので、必ずしも近くの分娩施設を利用できないという不都合は生じることでしょうが、安全性および医療の質は格段にあがるはずです。

 最後にひとつだけ追加しておきます。産婦人科を志し、産婦人科医療に情熱を持った若手医師たちは、頑張っても頑張りきれなかったこうした症例を経験し、結果が悪いと訴訟に巻き込まれることで産科医療への情熱を失い産婦人科医を止めていくことになります。現在・過去を問わず、こうした歴史が繰り返されてきています。先にも述べましたが、産婦人科医になって数年の医師には、裁ききれない難しい状況が一定確率で生じるのが周産期医療です。この一点を非難されて問題があったとかたづけてしまうのは可愛そうにも思います。こうした若手産婦人科医を守って、そして育てていくためにも周産期医療の改革、つまりは分娩施設の集約化が必要と思います。

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