低侵襲手術と機能温存手術 part2 | 産婦人科専門医・周産期専門医からのメッセージ

産婦人科専門医・周産期専門医からのメッセージ

 第一線で働く産婦人科専門医・周産期専門医(母体・胎児)からのメッセージというモチーフのもと、専門家の視点で、妊娠・出産・不妊症に関する話題や情報を提供しています。女性の健康管理・病気に関する話題も併せて提供していきます。

 低侵襲手術が必ずしも機能温存手術にはならないのではないかと疑問に感じているケースを紹介していきます。今回は子宮内膜症におけるチョコレートのう胞の核出手術のケースです。

 腹腔鏡手術が普及してきた現在では、子宮内膜症におけるチョコレートのう胞の核出手術は一部の難しい症例を除いて、低侵襲手術としての腹腔鏡手術が標準的な手術法となってきています。

 ところで、近年、不妊治療の領域では卵巣予備能を評価する指標としてAMHが臨床応用されています。AMHとは、抗ミューラー管ホルモンのことでありanti-Mullerian hormonの略です。以前の記事で詳しく紹介しています。興味があれば参照してください。
AMHについて
http://ameblo.jp/sanfujin/entry-10907838030.html
AMHと不妊治療
http://ameblo.jp/sanfujin/entry-10907876779.html

 このAMHですが、腹腔鏡手術でチョコレートのう胞の核出手術を行うと、術後に低下することが分かっています。とりわけ両側のチョコレートのう胞を核出した例では、片側のチョコレートのう胞を核出した例に比べて、その程度がひどく、不妊治療困難例や早発閉経例のつながることすらあることが分かってきています。そしてその事実はエビデンスとして示されるようにもなっています。


 私自身は若かりし頃に不妊治療に精通した上級医からチョコレートのう胞の核出手術の指導を受けた際に強くかつ繰り返し教えられたことがあります。「卵巣はできるだけ病変だけを摘出し、正常部分を少しでも多く残せ。」「残した卵巣の止血には電気での凝固は最低限にして縫合止血しろ」という2点です。これは今でも開腹でチョコレートのう胞の核出手術を行う際に心がけていることです。

 しかし、腹腔鏡手術でチョコレートのう胞の核出手術を行う場合にはどうでしょうか。上位5%に入るような腹腔鏡手術の上級者ではなく、上位5%・下位5%に入らない一般的な90%の術者の場合で考えてみると、チョコレートのう胞の核出する際には、どうしても正常部部分もある程度摘出してしまうでしょうし(開腹手術に比べて多くなりうる)、核出したあとの残存卵巣の止血を縫合だけで迅速かつ確実に行うことは困難であり大部分の止血を電気による凝固止血に頼ることになるでしょう。凝固止血は止血部分およびその周囲の正常卵巣にある残存卵胞を熱で変性させてしまいます。正常卵巣部分の摘出と凝固止血で残存卵胞数が大きく削られることになるわけです。


 腹腔鏡手術でチョコレートのう胞の核出手術は、傷は小さくてきれいであり、入院期間も短いです。確かに低侵襲手術です。しかし、AMHなどから見ると妊孕性温存そして不妊治療にとってはマイナス面も大きいです。開腹手術を行って凝固止血の代わりに縫合止血を多用することで、AMHの低下をある程度防げるのではないでしょうか。私自身はそう思っていますし、不妊治療の専門医の一部もそのように考えているようです。


 子宮内膜症におけるチョコレートのう胞の核出手術、目的はどこにあるのか、つまり不妊治療の一環としてあるいは妊孕性温存治療として行うのか、根治目的あるいは癌化予防のために行うのか、それぞれのケースに併せて腹腔鏡手術がよいのか開腹手術がよいのか、選択していく時代がやってくるのではないでしょうか。


 近年は腹腔鏡手術の進歩ばかりに目が行きがちですが、腹腔鏡手術が必ずしも機能温存手術とはならないかもしれないという事実に注目される時期がやってくるかもしれません。開腹手術の良さもきっと見直されてくることでしょう。



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