手術の習熟のステップ | 産婦人科専門医・周産期専門医からのメッセージ

産婦人科専門医・周産期専門医からのメッセージ

 第一線で働く産婦人科専門医・周産期専門医(母体・胎児)からのメッセージというモチーフのもと、専門家の視点で、妊娠・出産・不妊症に関する話題や情報を提供しています。女性の健康管理・病気に関する話題も併せて提供していきます。

 医学・医療において外科系の手術手技はどのように学び、どのように習熟していくのでしょうか。

 手術手技の習熟には、大きく分けて2つのカテゴリーがあると思います。一つ目は簡単な手術から始まり、段階を経つつ難しい手術へとステップアップしていくことです。これは一般的にもよく知られており、容易に想像がつくことでしょう。二つ目は手術における立ち位置のステップアップです。ともに産婦人科に限ったことではなく、手術を行う外科系全体で当てはまります。


 一つ目について産婦人科を例に説明しておきます。産婦人科で最初に執刀させてもらえる手術は、多くの場合、産科では帝王切開であり、婦人科では開腹で行う子宮外妊娠手術や良性卵巣腫瘍の付属器切除です。しかし、最近では子宮外妊娠手術や良性卵巣腫瘍の付属器切除は腹腔鏡手術で行われることが多くなったため(私の病院でもそうです)、婦人科の最初の開腹手術は子宮筋腫などの単純子宮全摘である場合も多くなっていることでしょう。

 産科の手術において帝王切開は基本です。ただし、帝王切開でも症例によって難しさは千差万別です。まずは満期の児頭骨盤不均衡や骨盤位など(前回帝王切開後の帝王切開反復例もありえます)の予定帝王切開からスタートします。そして、症例を重ね上達するにしたがって、前置胎盤や早産などの難しい症例へとステップアップしていきます。ただし、前回帝王切開後の帝王切開反復例は症例によって難しさに大きな差があります。もう一つ、時間的に余裕をもって行える予定帝王切開から母児の救命のためにスピードが要求される緊急帝王切開へとステップアップしていきます。

 婦人科の手術では単純子宮全摘が基本です。多くは子宮筋腫や子宮腺筋症などの良性疾患に対して行われる手術ですが、子宮の大きさや筋腫の位置・既往の手術歴(帝王切開や筋腫核出など)によって難易度は大きく異なります。感染症症例や帝王切開と同時に行う単純子宮全摘が一番難しい部類に入るでしょう。そこで、手術歴のないほどよい大きさの子宮筋腫からスタートし、症例を重ね上達するにしたがって、難しい症例へとステップアップしていきます。

 産科の手術は帝王切開をはじめ、流産手術・人工妊娠中絶・子宮頚管縫縮術など限られた手術しかありません。ですから、術式ごとのステップアップというものはなく、それぞれの手術で易しい症例から難しい症例へとステップアップしていきます。

 一方、婦人科の手術は良性疾患に対して行われる単純子宮全摘(これができれば子宮外妊娠手術や付属器切除はできる)を十分に習熟したあとには術式としてのステップアップが待っています。悪性腫瘍に対して行われる拡大子宮全摘、さらには広汎子宮全摘とより難しい手術の習得へのステップがあります。その上には機能温存手術という上級技の習得も待っています。また骨盤内リンパ節郭清や傍大動脈リンパ節郭清も習得しなければならない術式です。段階としては単純子宮全摘の次には拡大子宮全摘を習得し、最後に広汎子宮全摘を習得することになるでしょう。そして上級技として機能温存の広汎子宮全摘をマスターします。このステップアップは容易なことではありません。また、リンパ節郭清も骨盤内リンパ節郭清に比べて傍大動脈リンパ節郭清は危険度も高く手技的にも格段に難しくなります。もうひとつ、単純子宮全摘を開腹しないで膣式に行うあるいは腹腔鏡下(こちらは子宮外妊娠手術や付属器切除も)で行うというステップアップもあります。


 二つ目についても説明しておきます。どんな手術でもそうなのですが、最初は上級医の手術に助手として付いて手術の流れや手技を学びます。その後、執刀医として手術を担当することになるのですが、最初は上級医に助手として付いてもらい指導を受けつつ行うことになります。ここからのステップアップですが、次の段階としては上級医なしで自分よりも若手医師を助手にして手術を完遂できることがあげられます。自分の力で判断し手術を行うことが出来ることを意味し、一般的な合格ラインはここにあるでしょう。更なるステップアップとしては、自分よりも若手医師に執刀させ、それをアシストし指導していくことがあります。立ち位置の中ではこの最後の段階が一番難しいです。そして手術を本当にマスターできたときの立ち位置になるでしょう。


 産婦人科専門医は初期研修2年、産婦人科研修3年を終了して筆記試験に合格すればなることが出来ます。しかし、産婦人科専門医がどの程度まで手術を習得しているかといえば、一つ目では単純子宮全摘(子宮外妊娠手術や付属器切除も)や帝王切開が執刀できる、悪性腫瘍の手術は経験がある程度、といったところではないでしょうか。もちろんですが、開腹手術だけでなく膣式手術や腹腔鏡手術も含めてです。二つ目では上級医の指導のもと執刀医として手術が出来るレベルまででしょう。産婦人科専門医となって初めて産婦人科医としての市民権を得たというところでしょう。


 では私はどのレベルにいるのでしょうか。産科手術はいずれも執刀できますし、助手として執刀する若手医師の指導も出来ます。婦人科手術は良性疾患であればいずれも執刀できますし、助手として執刀する若手医師の指導も出来ます。ただし、悪性腫瘍の手術は拡大子宮全摘および骨盤内リンパ節郭清であれば執刀できますし、助手として執刀する若手医師の指導も出来ます。ただし、広汎子宮全摘(機能温存レベルまで)や傍大動脈リンパ節郭清に関しては私自身が上級医の指導なしで執刀するまでが精一杯です。助手として執刀する若手医師の指導をするまでの自信がないといったところが本音です。そういった意味ではまだまだ修行中ともいえます。
 

 ところで、今でも悪性腫瘍の手術を執刀する前日の夜には手術書や手術のDVDをみてイメージトレーニングを行ってから手術に臨んでいます。安全に手術を行うためには大切なステップと思っています。またこれだけのイメージトレーニングで、1回1回の手術経験での上達も大きく違います。若手の医師には是非とも行ってもらいたいと思うのですが、残念ながら私の病院の若手医師はあまりやっていないようです。

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