本邦においては「シートベルト着用義務規定における妊婦の取り扱い」の文面で一部曖昧な部分があります。そのため罰則規定がないなどの解釈・運用の混乱が見られています。しかし、先進国の多くが妊婦さんのシートベルト着用を義務づけています。
妊婦さんでもシートベルト着用が義務づけられている国:
アメリカ・カナダ・フィンランド・スウェーデン・スペイン・ギリシア・ベルギー・オーストリア・オーストラリア・ニュージーランド・シンガポールなど
妊婦さんでも原則として着用義務があるが、シートベルト免除の診断書を携帯している場合のみ例外としている国:
イギリス・ドイツ・オランダ・スイス・イタリアなど
日本は現状では上記の2つのいずれにもあてはまりません。妊娠していることを理由にシートベルトを着用していなくても罰せられることはありません。逆に妊娠していることをシートベルトを着用していない理由としているケースすらあるようです。これを歴史的に解釈してみると、昔の腰ベルト1本のみの2点固定式シートベルトの場合には事故衝撃時の母体の強度の屈曲により妊娠子宮の破裂が起こりうることが懸念されての措置であったとも考えられます。しかし、1994年からは後部座席でも3点式シートベルトが義務化されました。この3点式シートベルトは正しく装着されれば母児の安全性を大きく高めると考えられています。
海外の報告例をみると、交通事故による母体死亡の77%がシートベルトを着用していない状況で発生しています。別の報告では、妊婦さんがシートベルトを着用していない場合、交通事故時の胎児死亡の危険度はシートベルトを着用していた場合の4.1倍になることが指摘されています。
残念ながら我が国での交通事故による妊産婦死亡の実数は分かりません。その理由は、我が国の統計においては交通事故や自殺など妊娠中の外因による死亡は妊産婦死亡に含まれていないからです。
上記の内容をふまえると、我々産婦人科医としては妊婦さんに対して「斜めベルトは両乳房の間を通し、腰ベルトは恥骨上に置き、いずれも妊娠子宮を横断しない」という正しいシートベルトの着用方法を指導することが望ましいと考えられます。そして、我々産婦人科医が妊婦さんのシートベルト着用をより強く推奨することで、交通事故による母体・胎児の死亡を減少できる可能性があります。
そして、妊娠中でもシートベルトを装着することが母体・胎児の安全性を向上させることを多くの妊婦さんに知っていただきたいと思います。
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