Auckland に住んでたアタシは日本で起きてることなんか何も知らなくて
昔の上司がくれた 1 本目の電話も
「大阪で地震があったみたいだけど、知り合いとかいないよな?」
程度だったし、ESL で知り合ったオトモダチの家に初めてのお呼ばれの日だったのもあってソレを気に留めることもなくお出かけして
食事から戻って来たら家主さんだった香港人が
【神戸地震】
って紙に書いてくれて TV に貼り付いたけど、まだまだシリアスな事態には思えなくて
一晩寝て起きた時に
「あれ? 裕ちゃん、西宮に住むって言ってなかったっけ?? 西宮と神戸って近くなかったっけ????」
って、前月に結婚して引っ越した妹のことを唐突に思い出して
慌てて家の前のショッピングセンターの公衆電話まで走ってって電話かけたら
「緊急事態なので海外からの電話はお繋ぎ出来ません」
みたいに言われちゃったから東京の自宅にいるだろうママに電話したら、食器棚が倒れて冷蔵庫の扉に当たっただけで済んだハナシが聞けて....(遠い目)

あの 1 年が
ジンセイで一番シアワセだった 1 年で
日本に戻って来て 3 ヶ月働いてまた日本を出て
45 日かけて欧州 18 ヶ国を周った Contiki の前後の
シンガポールとドイツ&アメリカでの自由旅が経験出来たあの半年が
ジンセイで二番目にシアワセだった半年だったかも
なんて急に思い出したら
なんか涙目。
昨日、川崎にすら辿り着けなかった自分を考えると
更に涙目。
何でまだ生きてるんだろう?
何でまだ生かされてるんだろう?