カイワ。よりも、タイワ。を。 | 踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

「踏んだり蹴ったり」って....あーた、被害者なら「踏まれたり蹴られたり」ってのが正しいんぢゃない??日本語ってばむつかしい...._| ̄|○  (BTW, ついでに、人も指せない「足の親指のトナリの指」を何て呼べばしっくりくるのか、教えてヱライひとっ!!)



「みぃみに話すなら、ちゃんとと思うから、いつも長文になって」しまうと言われた。「ごめんね。いつも、ありがとです」と。

ありがたいなと思った。言葉を尽くそうとしてくれる、その気持ちが嬉しかった。




More than words ──

それは、確たる関係性なりが存在していればこそ、のハナシであって

(ソコに関係性アイがあったって、“言動の過不足が原因で” 要らぬ場所に本音が着地しちゃうこともあるくらいなんだから)

言葉や行動が足らないと誤解が生まれることか多い。のは動かし難い事実で、さ。



誰とでも 【対話】 が出来たらステキだと思う。

言葉の上に生まれる些細な行き違いを
些細なうちに ── 誤解に変わらぬうちに
取り去って

言葉を尽くし、真の相互理解に至れるならシアワセだと思う。

(同じ想いに辿り着けるかってハナシではなくて、お互いの想いを理解し尊重出来るかってハナシね。)


だけど実際は
誰とでも【対話】が叶うワケではなくて

立場とか時間とかが絡み合って
【会話】しか出来ない場合は多くて

(会話どころか挨拶も出来なくて、会釈だけって関係のほうが (・∀・)イイ!! ってことか??(謎))

ヒトコト、フタコト、じゃ伝え切れなかった結果、悪気なんかなくても不要な誤解を生んでしまったりして....さ。

それはホントに残念かも

。・゜・(ノД`)・゜・。

と思った貴重な朝でした。




文字で。音声で。対面で。

対話しようと思って貰えること。
対話出来る関係性が在るということ。
そういう関係性を生み出せたということ。

皆に改めて感謝です。
大好きよ。ちゅっ。