ハッシンシャ ≠ ヒョウゲンシャ。 | 踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

「踏んだり蹴ったり」って....あーた、被害者なら「踏まれたり蹴られたり」ってのが正しいんぢゃない??日本語ってばむつかしい...._| ̄|○  (BTW, ついでに、人も指せない「足の親指のトナリの指」を何て呼べばしっくりくるのか、教えてヱライひとっ!!)



ステキな女性ボーカリストに逢った。

明日久しぶりに横浜方面←までアイに行く
“寿司じゃなく肉!!” (何故バンドマンの多くは寿司好きなのか??(謎)) な、ちっちゃいけど超オトコマエな表現者彼女はアタシの神だけど
昨日の彼女も相当ステキだった。

「やっぱり、自分の作品をウタうのと、誰かの作品をウタうのとじゃ伝わり方が違うもんなのかなぁ....」

を再考しながら表現を受け止めてたら “デスペラード” をウタってくれて

「嗚呼、そうだよな。誰かの作品だからって “唄” えないワケないんだよ。
唄いたい。伝えたい。なんだよ。
何処まで強く想えるか、何処まで入り込めるか、なんだよ。やっぱり。」

って思い出せただけじゃなく
最後の曲で不意に自死してしまった (rio に言わせれば 「飛んだ」 だけなんだけど。) 彼女を思い出しちゃったもんで不覚にも涙。(苦笑)


その後に続いた 3 つの表現もそれぞれにステキで

案内して頂いた席もステージがとても見易い席だった (Lucky me!!) から余計
指とか堪能 (超えフェチ、指フェチの弦ヲタですが何か??) 出来ちゃって

ピッチが外れようが
不協和音が聞こえようが
ハウろうが
そんなの全部差し引けるくらい

(嗚呼ごめんなさい。耳に入ってくるモノを “なかったこと” にはやっぱり出来ないです。絶対音感はないけど 1000 Hz と 1010 Hz の音の違いはアタシには正しく差異なのです....(号泣))

「伝えたい」 が詰まってて

特に特に
お目当ての表現のラスト 2 曲は
驚くくらいに表現の圧が大きくて
それはとても嬉しい圧倒で

とにかく (・∀・)ニヤニヤ が沢山な喜ばしき時間だったワケです。はい。



タイミング抜群な達生さんが自分をして 【発信者】 と評してたけど
アタシこそ “ただの発信者” で
彼はちゃんと 【発信者にして表現者】 だなと。

伝える。をしたくて発信するのが 【発信者】 で
伝わる。が出来るのが 【表現者】 なんじゃないかと。

表現者に求められるのは

どれだけ自分を掘り下げて核を捕まえられるか

自分にするのと同様
どれだけ相手の真芯を想像出来るか

思慮深さという賢さ
想像力という思いやり
卑屈ではない謙虚さ
繊細さと共存する大胆さも含めた
発信力以上の求心力なんじゃないかと。


深い、深いぜ....(遠い目)



受信したいことも発信したいこともまだまだ沢山。
日々是精進 ── ステージに立たなくても表現者。目指してがんばらねばです。

うす。うすうす。