本来 “好き” であるハズのことが
ある種の苦痛を伴う “作業” になり下がることを避けたくて
或いは
“好き” で追い続けてきたものが
些細なきっかけで “痛い” ものになっていく現実から逃げたくて
諸々の色々を切り離して来た。
あの場所には戻りたくないし
そのヒトのスガタを視界の隅にも入れたくない。
アタシなら利用出来る。も
アタシなら断らない。も
アタシになりたい。も意味がわからない。
アタシにだって人格はある。
何よりアタシはアタシを侵されたくない。
その人に飼われているワケではない。
感謝があろうが過度で一方的な要求には疑問だって感じる。
アタシのポジを奪いたいなら奪えばいいけど、アタシにはなれないことを忘れるのは愚かだ。
アタシはアタシを侵されたくない。
それだけだ。
それとも、神でもない誰かに
ソレをする権利があるとでも?
思い出したくない記憶たち ──
蹴散らしたい記憶たち。
Fuck off!!
やりたくない。
という感情は
その行為に対する否定で嫌悪で
確たる拒絶。だけど
やりたいワケではない。
という感情は
その行為において生産性のある行動や思考が取り難いというだけで
完全なる拒絶ではない。のだよ。
That's the difference between
「やりたくない。」 and
「やりたいワケではない。」, I think.
Don't you think so??
その場所を奪われたとは思っていないし
その場所にまた立ちたいとも思わない。
ソコさえ明け渡せば逃げられると思った。
嫌悪という感情を抱く自分から逃げられると思った。
それだけのハナシ。
fair と even を知らない人間と
多くを欲しがる人間は
どうもニガテだ。