ユガんでイビツなココロがヒズみにまではオちないように。 | 踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

「踏んだり蹴ったり」って....あーた、被害者なら「踏まれたり蹴られたり」ってのが正しいんぢゃない??日本語ってばむつかしい...._| ̄|○  (BTW, ついでに、人も指せない「足の親指のトナリの指」を何て呼べばしっくりくるのか、教えてヱライひとっ!!)

曇りなく 健やかに 整って
生まれたココロが

経年劣化ではなく。
他者と自分とから生じる軋轢によって。

いびつなカタチに変わっていくことが
避けては通れぬ巡り合わせなのだとしても

そのスピードは人様々で

幼くそれを迎える人間と
朽ちる間際までゆがみ切らずに生きられる人間

ゆがんでしまったことに
気付く人間と
気付かない人間

そのゆがみに
耐えられる人間と
耐え難い苦痛を感じてしまう人間

きっとそれもイロイロで。




ゆがみのあるココロの空洞を
そのいびつさに合うモノで埋めたい欲求に駆られても

試行錯誤を経ても経なくても
それが簡単には叶わぬと知れば

理想と現実の狭間に生まれるひずみに堕ちるのが怖くて

きっと
だから

諦めて
閉ざして

見ない自分
見えない自分

いびつだけど痛がらない自分を
仕立てていくのかもしれない。



と、ふと。