スキ。だけど。スキ。だから。 | 踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

「踏んだり蹴ったり」って....あーた、被害者なら「踏まれたり蹴られたり」ってのが正しいんぢゃない??日本語ってばむつかしい...._| ̄|○  (BTW, ついでに、人も指せない「足の親指のトナリの指」を何て呼べばしっくりくるのか、教えてヱライひとっ!!)



好きな音がある。
大好きな音だ。

だけど

“それだけ” を求めに行く。

が出来なかった。
そんな割り切りは出来なかった。


“それだけ” で成り立ってはいない以上
“それだけ” を求めるのは片手落ちで

ソコに居る全員が
全力を傾けて
諸々を注いで
ソレを生み出しているなら ──
ソコに居る皆で
ソレが織り成されているなら

“それだけ” でいい
“それさえ” 在ればいい

それが正しいとは思えなかった。


ホールで存在する表現をホールで受け止めず
ピースだけを求めに行くのはホールに対する否定で侮辱ではないのか?
それならいっそ行かないほうがいいんじゃないのか?

に囚われていた。


彼だけを見つめる。は

他の表現者に対して失礼な。
何より 【ソコで生まれる表現】 に対して失礼な。

気がして動けなかった。

(【表現】 は崇高な行為で存在だから、いつだって全力で対峙しなきゃ。なコダワリを消せない、頑ななアテクシ。(´д`))


....のだけど。



彼が居るから行く。
彼が居る表現だから行く。
彼。を見に行く。

だけど

彼だけ。を見に行くワケじゃない。


彼の音。が在る風景。
その中で生まれる音の重なり ── 重なる表現が生み出すハーモニー。

ステージの上のみんなが表現したいもの。
オーディエンスと共にみんなで表現したいもの。

それを受け止めるために行く。


....を一時停止。



ピースだけを求められないコダワリは消せなかったけれど
棚には上げられた。

視線は彼のギアに固定した。
視覚と聴覚を一致させた。
彼の音を拾うことに終始した。

誰にバレてもいい。
ステージから丸見えでもいい。
彼しか見てない。上等。
ハコにいる誰よりも彼が好きなのはアタシ。
なイキオイで彼の音だけを見つめた。

ピースだけを求めなくたって
やっぱり好き。で
ちゃんと必要。で
ホントはいつでも触れたい。音を
全身で
全力で
受け止めた。

あれはもう 10 日も前のこと。


他の表現者に失礼なことをした気はするし
正しかったと言い切れはしないけれど
好き。だけを見つめる時間は
好き。で
シアワセ。な時間だったから
ナイショで書きとめておく。




スナオじゃない?

アマノジャクだもーん。
自覚してるもーん。(脱兎)