Time flies ── コーインヤノゴトシ。
ヒッキーしてると 1 週間や 10 日なんか簡単に飛ぶ (いやーん。(;▽;)) ワケですが
ゲンジツトーヒでゴロゴロしてる割に、結果的にはネタの鮮度が酷い (これでもぼちぼちは書き進めてたんだってばよー。うにゃー。(;▽;)) のは遅筆とヤマイのせいにして
記録のためにとにかく POST。
イキテルよー。ww
<ワイド!スクランブル(2015/3/9 12:30-13:45 テレビ朝日)> に (秋から傷心のヒキコモリなので昼番組 OK ですが何か?)
“飛脚堂” という会社まで経営してる、現代の飛脚。な高校生。
彼は品物だけじゃなく気持ちも届けてる。と。
(贈り物は肩から 3 センチほど浮かせて、揺れで荷物が壊れるのを防いでるというプロフェッショナルぶり!!)
江戸時代に花開いた飛脚は手紙だけじゃなく “金銀” まで運んでた (届けてた) って聞けば即座に 「すげー。すげー。すげー。」 な movement。
それに続いて紹介されたのが 100 %和紙で出来たジーンズ@洗濯可!!のハナシ。
普通の糸で折ると出てしまう毛羽が和紙の布には存在しない。から肌に優しいのだと。
硬い和紙の糸は従来の機械では織れずトライアル&エラーが続いたが、父親の 「失敗しても命は取られない」 の一言があって和紙を織ることに成功したのだと。
(【命はとれへん】 なコトダマ。に背中押してイタダキマシタ。前向かねばです、はい。)
で、そんな中思い出したのが、イザベラ・バードの日本旅行記 ──
紛失した何かを一生懸命探してくれた人 (馬子?) にチップをあげようとしたら、「それは仕事のうちだから結構です」 的に頑なに受け取りを拒んだ話でね。
職務への忠実さ。 とか
何事も極めようとする人間性。 とか
日本人、やっぱり凄いぜ。 って、ね。
そのままゴロゴロしてゴロゴロして、<TVタックル(2015/3/9 23:15-00:15 テレビ朝日)> にチャンネル変えた結果、古来からの日本のイルカ漁に対するシーシェパードの抗議姿勢に憤り。
犬を食べる文化があったり (犬が肉になり肉が料理になり料理が自分の食になる経験はあるけど “野蛮” とは思わなかった。文化として受け止めたし、鶏や豚や牛も含めた殺生と食について考えるいい機会だった。)
闘牛を伝統なり文化なりとする国があるのと同様
耕作地が少ない太地町 (和歌山県) ではイルカやクジラを重要なタンパク源としてきたと。イルカ漁は古来から続く伝統的な漁で、文化で慣習で生活のためのものだと。
(食べちゃうけど、夏はイルカやクジラと泳げちゃったりもするんだってばさ。)
郷に入らば郷に従え。
それでいいじゃないかと思っちゃうから “全面否定” が受け止められらなかった。
相手を認める。他者を闇雲に否定しない。それでいいじゃないかと思ってしまった。
....だけど。
感情に支配されただけの “怒り” は湧かなかった。
やり場のない “憤り” だけが残された。
憤りを抱えたまま、佇む自分がいた。
多くの日本人がそうだろう。
そう教育されてきただろう。
相手を無闇に否定はしない。否定は出来ない。相手の信念を想えばそれは出来ない。
中傷しやすい日本人 ──
他者への敬意を抱いて生きる寛容的な人民が住む、主義主張を傲慢に通してもリスクが少ない “叩きやすい” 日本という国。
(今年に入ってから 23 人/日のシーシェパードメンバーが来日してるとか、あんびりーばぼー。)
なんかフツーがフツーじゃない 【日本人の民度】 ってやっぱり誇れるかも。 とか
流石、守られてる島国かも。 とか
な結果、日本人の寛容性についてまた考える。
寛容的であることと
意志や意識を相手に伝え、理解を求めることは両立する。
(相互理解に至るかはその先のハナシだ。)
寄付金を資金に活動しているシーシェパードのような団体にとって “クジラ” と “イルカ” が 【お金が集まり易い】 ネタなんだとしても
お金じゃく信念だ。大義名分ではない。な活動家が存在するとしても
何時かはその民度の高さが正しく広まり、「“あの” 日本人がすることにそんな間違いがあるハズがない」 と思って貰える日が来るのだとしても
配慮しながらも躊躇せずに伝えなきゃならないことはあるのかもしれない。
....ってね。
ん。
で、先週 “も” TV タックルかーらーのー
<お坊さんバラエティ ぶっちゃけ寺(2015/3/10 0:15-13:45 テレビ朝日)>。
今週は木魚のハナシだったけど、先週は “学校の先生がお坊さんに聞きたいコト” で
「モンスターペアレント」 的な檀家さんはいるか?とか
(宝くじ買ったからお賽銭を奮発したのに当たらなかったとか怒った檀家さんがいたらしい。 ま、朝まで一緒に飲んで納得するまで話したらその後は信心深い檀家さんに変わったらしくて、やっぱり 【コミニュケーション】 は自己主張する自己中なモンスター○○を生まないためには必要だよな、と。)
「道徳」 が教科となり成績がつけられることについてどう思うか?とか
(「先生に倫理観を教えることに無理がある」 ってホントにそう。 他者の倫理観・道徳観に一個人が評価をつける=成績として測るなんて、“数値化の規則・基準” でもない限り公正さを保てるかギモンだよなー。)
あったけど、太田さんが言ってた
「数学を解ける人・数学が好きな人は “優しい” 人」
ってのと (あの手この手、あっちからこっちから ── 【単一思考でなく】 多種多様に考えられるってのは、他人の気持ちになれるってことで、他人を思いやる寛容性 (← また キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!) があるってことみたい。)
【人生の主人公を堂々と演じて下さい。】
ってのと
【真似る→真似ぶ→学ぶ】
ってのを φ(..)メモ。
ヒッキーはヒマなので最近考えてばかりですが、アタシがアタシのジンセイの主役なんだし
THINKよりDO。
THINKよりACTION。
よね。
嗚呼、冬眠から覚めねば。
日本人の寛容性について考えることが多過ぎるケフコノゴロ。
レゾナンス MAX はまだ続くのかしらね。
....イキテマス。