毎日寝て曜日な木曜日。
FB を開けたら、達生さんが ── 大好きな唄ウタイが
> コレは、すげー!!
> 感動した!!
って呟いてて
すぐ下には 【なぜ、日本では「宗教戦争」が起きないのか?現役僧侶のスピーチが深い】 がリンクされてた。
“感動を与える側” の表現者がそこまで “感動する側” になり得た秘密を探りたくてリンク先に飛ぶ。
そして、
洗礼を受ける前から抱いていた
「ベクトルが違うだけで結局は全部同じと思うの。
同じ場所を見ているのにそれに気付けずにいるだけなの。」
には
【確かに調理法、具材は違うかもしれませんが、ルーにお肉やお魚、そして野菜を入れて煮込んでご飯もしくはパンと一緒にいただく。このスタイルはインドでも日本でも共通しています。】
と <日本の仏教もインドの仏教も、根底にある哲学は同じ> であると。
「受け入れなくてもいいけど、どうして認めてあげないの?
どうしてそんな簡単なことが出来ないの?」
には
【日本人のもつ素晴らしい寛容性のある宗教観】 ゆえ
【日本では色々な宗教を信じている人がいますが、宗教が違うからといって、争いやもめごとといったことはほとんど起こりません。】
と
<複数の宗教を横断して信仰してしまう日本は、世界でも珍しい寛容な宗教観を持っている> 事実と
<海外では、根底が同じであるにも関わらず考え方の異なる宗派が対立し、信仰を巡ってたくさんの戦争が起きてしまっている> 現実を。
だから
in excelsis ── on high。
いと高きトコロ。に見ているものは皆が同じなのに気付けない不幸について考えたりしたけど
出来ない。 がフツーで
出来ない。がワカラナイ。 のほうがフツーじゃなくて
アタシの日本人としての DNA と文化的気質が 「そんなに難しいことなのかな??」 と思わせてしまうのだと。
(実際、カトリック教会付属の幼稚園を卒園した甥は今、プロテスタント系の中学で学んでいるけど、エスカレーターを上がらず (上がれず?) 彼が行くのは仏教系の大学かもしれなくて
でもそれは “世界でどうであれ” 日本じゃフツーにあることで、後ろ指ササレたり人格を否定されるようなことじゃないハズで。)
異教を節操なく (失礼。) 受け入れる = 異教に寛容になる。
を語ることが本来は “各個のアイデンティティーに関わるシリアスな” 問題だとしても
敢えて言っちゃえば....さ。
そのコダワリすら結局は
アイデンティティーを 「貫く」 ために保持しなきゃならない、ある種の頑なさに見えちゃうんだ。
「奪う」 そして 「従わせる」 を正当化するために用意した詭弁じゃないかと思っちゃうんだ。
結局は自分 or 自分たちを地軸とする、都合のいい世界の中心でワガモノガオして生きていたいだけで
だから相手に敬意を表して “違う” を 「認め、受け入れる」 が出来ないだけじゃないの? とか考えちゃうんだ。
<世界では宗教戦争が頻繁に起きている。しかし日本でそういったことがほとんどないのは、複数の宗教の信仰から、柔軟にいろいろなものを取り入れ、受け入れることができる> からなのだとしても ──
それが独特の宗教観を持つ日本人には簡単で、だけど
簡単には変われない文化に生きる人たちのほうが多い現実があるのだとしても
【確かに全ての宗教において、その教義に忠実である、守ること、それは非常に大事なことです。しかし世の中にはもっと大切なことがあります。
それは信じる宗教が違っていても、お互いを尊重し、そして仲良くするということです。】
まさに、これだと思うんだ。
【私は世界でも冠たる宗教都市、ここ、京都から、日本人のもつ素晴らしい寛容性のある宗教観、これをぜひ世界に伝えたいと思います。
そうすれば世界はもっと素晴らしくて素敵な場所になると、私は強く信じております。】
貫くために他者を拒否し否定するのではなく。
いわんや他者から奪うのでもなく。
尊重という寛容。
誰もがほんの少し優しくなるだけで
きっと未来は明るい。
....よね?
ほんの少し そうさほんの少し
勇気を出して優しくなれれば
世界は一つに変わっていける
深く深く どこまでも深く
目を閉じて祈りを捧げよう
すべてに愛が届きますように
すべてに愛が満ちていくように
“すべてに愛を”
by ドミンゴス
書き始めたら超ゴタイソー&エラソーな想定外の方向 (どっかーん。) に キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! ワケだけど
とにもかくにも
縁を繋いでくれた達生さんとご住職 (ふふ。FB 承認頂いちゃった。(はぁと。)) に感謝。
“すべてに愛を” を思い出させてくれた、昨日がお誕生日だった吉田くんにも多謝。
in excelsis ── on high。
いと高きトコロ。に見ているものは同じ。を認めろとは言わない。
アイせなくても認めるだけでいい。
相手の価値観を認める理由が自分の価値観を認めて貰うため。でいい。
優しくあれ。
寛容であれ。
Unite!