他者と自己の間に線を引くと決めたのは 16 になった夏の終わり。
誰かと接するなら本音は隠すのが正解。
他者には期待しないのが賢明。
ヒトにもモノにも無着が利口。
深く関わらなければ誤解は生まれない。
些細なヒズミも生じない。
言葉は要らない。
名前さえ要らない。
微笑みという社交辞令があれば角は立たない。
空間の共有者に静かに微笑むだけで日々はやり過ごせる。
関わらない。
期待しない。
執着しない ── 依存しない。
今生に未練が残るようなコトは全部必要ない。
それが 16 で決めたルールなのに....さ。
スマホが壊れてデータが飛んだ。
旅行の写真やスケジュールや軌跡 ── 薄れていく記憶のための記録でも
“物理的に存在しない” 以上、忘れる以外に術がない。
執着しても取り戻せない。
残念だけどイタシカタナイ。
【イタシカタナイ】 で片付けられる。
なのに、どうだ?
シールドを外せた他人は許容した他人。
大切だから気になる他人。
執着してる貴重な他人。
ヒトに執着。
つまりは依存。
気にしてる。を認めても
構われたい。は認めたくない。
何かを求める自分はキライ。
構われたい。とか
ちゃんちゃら可笑しい。