イゾンはシューチャク。 | 踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

「踏んだり蹴ったり」って....あーた、被害者なら「踏まれたり蹴られたり」ってのが正しいんぢゃない??日本語ってばむつかしい...._| ̄|○  (BTW, ついでに、人も指せない「足の親指のトナリの指」を何て呼べばしっくりくるのか、教えてヱライひとっ!!)



他者と自己の間に線を引くと決めたのは 16 になった夏の終わり。




誰かと接するなら本音は隠すのが正解。
他者には期待しないのが賢明。
ヒトにもモノにも無着が利口。

深く関わらなければ誤解は生まれない。
些細なヒズミも生じない。

言葉は要らない。
名前さえ要らない。

微笑みという社交辞令があれば角は立たない。
空間の共有者に静かに微笑むだけで日々はやり過ごせる。


関わらない。
期待しない。
執着しない ── 依存しない。

今生に未練が残るようなコトは全部必要ない。

それが 16 で決めたルールなのに....さ。



スマホが壊れてデータが飛んだ。

旅行の写真やスケジュールや軌跡 ── 薄れていく記憶のための記録でも
“物理的に存在しない” 以上、忘れる以外に術がない。
執着しても取り戻せない。
残念だけどイタシカタナイ。
【イタシカタナイ】 で片付けられる。

なのに、どうだ?




シールドを外せた他人は許容した他人。
大切だから気になる他人。
執着してる貴重な他人。


ヒトに執着。
つまりは依存。

気にしてる。を認めても
構われたい。は認めたくない。

何かを求める自分はキライ。
構われたい。とか
ちゃんちゃら可笑しい。