【表現する側】 の人間と対話出来るアドバンテージを幸運と思えた先週の木~金曜日。
(もう 1 週間以上経つのね、嗚呼。)
あっちサイドの考え
こっちサイドの想い
表現を求める以上
あっち側にある “守る必要があるもの” が
こっち側の何かと相容れないとしても
そのラインは死守しなきゃならない ──
表現者が 【表現を受信する側】 の指摘に耳を傾けること。が
“その先の表現のために”
必要なことはあるかもしれないけれど
だけどそれが単なるワガママや感情論、目指す表現の線上でどうしても譲れないモノならば
許容する必要なんかない。
....と。
わかってるツモリだったとはいえ
誤解したままだった過去の認識を正しく修正するチャンスがあったり
傷付きもしてない、記憶の外の “あの時” の理由を聞かせてもらえたりして
again
あっちサイドの考え
こっちサイドの想い
過去があるから存在する “今この瞬間” とそれを与えてくれた彼らと神様。への感謝と共に思考は四方八方に散らばって。
真意。
いつも正しく伝わるとは限らなくて
誤解。
真意が伝わっていないことで生まれてしまったり
先入観。
誤解が生まれたことで存在するようになったり。
真意を知るチャンスがある人は幸運。
誤解を生んでしまう現実があるのは不運。
先入観を抱いてまだ見ぬ未来を決めつけるのは不幸。
そして
自分で自由に出来るのは先入観だけ。を忘れるのは愚行。
I know.
ポジティブに考えれば
ステキ。が増すハズの News。
アタマでそう処理してるのに
ココロに納得させられずにいた。
哀しさ。ではなく。
淋しさ。というよりは
喪失感?
手を抜くような ── 全力でソレに向かわないような表現者だったら
最初から好きになんかなってない。
ゴールに達した達成感と満足感があったとしても
それを潔く手放して次なる進化をすぐに求め始めるヒトたちで
通過点にしか過ぎない現状には満足しない
どこかで渇いて高みに手を伸ばしてる
“ココより先” にある “より高い場所” を
日々目指してる、目指し続けてる
そんなヒトたちだと感じているし
“伝えたい”“与えたい”“分かち合いたい”
“今を生きたい”“笑いたい”“楽しみたい”
そんな想いの巻頭の 【もっと】 が消えるとは思わない。
5 でも 6 でも 10 でも 3 でも
同じ場所を目指すメンバーが増えようが減ろうが何だろうが
求めるモノが変わるとも思えない。
コダワリ。は見える
彼らの決断なら信じられる
根幹は揺らがないと知っている
だけどやっぱり
なのにやっぱり
あのステージを最後に
“出逢ったカタチ”
“ひとつの完成を見たカタチ”
“改めて大好きと思えたカタチ”
が変わる画が ──
【加算される変化】 がどうしても描けなくて
納得するとかしないとかでなく
吹っ切るとか切らないとかでなく
【消失する現実】 という喪失感に囚われたまま
変わる。 が怖くて
怖い。 が消せなくて。
....How come?
先入観を抱かれる怖さを誰よりも知っているのはお前ではないのか?
....Ya.
“結論” が正解か (何を正解とするかは価値を何処に置くかで変わってくるのだろうけど。) わかるのは
まだ訪れていない時間軸の先の先のハナシじゃないか。
見てもいない未来なのだし
先入観なんか棄ててフラットに。
フラットに。
フラットに。
Throw away your prejudices.
── センニュウカンヲステヨ。