ライネンこそ。 | 踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

「踏んだり蹴ったり」って....あーた、被害者なら「踏まれたり蹴られたり」ってのが正しいんぢゃない??日本語ってばむつかしい...._| ̄|○  (BTW, ついでに、人も指せない「足の親指のトナリの指」を何て呼べばしっくりくるのか、教えてヱライひとっ!!)


3 歳からピアノを習っていたアテクシ。

【ぜんぜんはんぜんぜんぜんはん】 だの
【トニイホロヘハ】 だのの音楽理論と
単音~三和音の聴音を “当初から” 仕込まれたせいなのか

レッスンに行くのが憂鬱で家練もしなくてww
15 まで通ったのにちっとも上手くならなくてねー。

(だから、今でも楽器出来る人は尊敬。
それが 【表現】 出来る人ならなお尊敬。ちゅっ。←)

まぁ、相対 (Not 絶対。) 音感は身に付いたし
不協和音にビンカンになれたりしてるから
全くの無駄遣い (つか、親不孝?) ではなかったと思いたいトコロではありますが。(遠い目)




そんなアタシが初めて
“アタシが持つ耳のチカラ”
を考えてみた 2014 年最終月。

20~20k Hz 程らしいニンゲンの可聴域が
そもそもアタシにはちゃんと聞き取れているのか。

気になり始めたら止まらなくなって
右往左往。


結局

高音はちゃんと 20 kHz まで。
低音はなんと 1 Hz まで!!

聞き取れて、かつ

1000 Hz と 1010 Hz の聞き分け

も出来ることが判明したのだけど
(ヒトバン、耳の中で再現され続ける超音波に悩まされてロクに眠れなかった罠。(・A・)イクナイ!!)

その流れで
ある表現者に

【もっと音楽を楽しんだらいいよ
音域じゃなくて印象を感じるといい】

そんなコトバを貰って改めて開眼。




聴覚テストは周波数を受け止める能力の計測に過ぎない。
【印象】 は計測出来るものじゃない。

ただのピッチには印象がない。
音楽とか唄じゃなきゃそれは
受け止められない。










音そのものにこだわるのではなく。

印象をただ感じ
ストレートに受け止める。

重なる音の上にある
“表現” を楽しむ。




来年こそ!!