自分が抱いてる感覚を“コトバ”にするのは嫌いじゃない。
むしろ、形状を持たない感情を“コトバ”という形状に変換せずにはいられない ――
文字というツールで自分を理解しておかないと落ち着かない。
「感じたこと」
「考えたこと」
「今、思うこと」
どれもが脳内で整理されていないと不安になる性分だから
引出しのひとつにはそれが入ってる ――
自分の意見は持っている。
だけど、それが
「他の人とは違うかもしれない」可能性があること。
も知っている。
自信家ではない。
自分の意見を誰かに押し付けたくもないし
誰かに押し付けられたくもない。
意外とシャイだ。
自分から一歩踏み出すことは少ない ――
相手からのアプローチがなければ基本、動かない。
結果
「何かありませんか?」
と全員に訊くシチュエーションなら黙っているし
「どう思われますか?」
のターゲットが自分であれば引出しを開けて読み上げるし
「●●について▲▲字でお願いします。」
と言われれば引出しからチョイスしたものを文字数内に収めて渡すことになる。
“思うこと”がないワケではないから
指名されれば披露する。
それだけのことなんだけれども。
仕事場での電話対応ですら「出来なくはないけど好きじゃない」のに
(お上手と誉められますがぶっちゃけ大嫌いです。ホントに嫌い。まぢ嫌い。)
アトトリ。として出てる定期総会の分科会で2時間も議長やる羽目になり
人前で「テキパキ」出来るフリしてキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!土曜日。
書いたものがどうだとか
話すことがどうだとか
評価して頂けるのは有り難いことなんだろうけど
人前に立つのも注目されるのも大嫌いなのに
「●●さんなら大丈夫です。」とか
「●●さんの裁量で。」とか
「流石ですね。」とか
勝手に言ってんじゃねー ヽ(`Д´)ノ よ。
そーゆーのが好きなヤツにやらせりゃいいだろー ヽ(`Д´)ノヽ(`Д´)ノ っつーの。
頼まれて断れなかったから完遂しただけ。
断ったのに引き受けるしかなかったからやり遂げただけ。
引き受けてしまった以上「出来ませんでした」は言えないから全うしただけ。
出来るか。と
やりたいか。は違う。
与える印象。と
ホントのアタシ。は違う。
違うんだよ。