
スレ違う時
何故か緊張して構えちゃって形式的な会釈しか返せない現実を再認識して
「スレ違う」 という行為そのものに怯えるハメになり
“好きなのに”
スレ違わないように逃げ回る結果になってしまった人たち。
スレ違う時
構えて形式的な会釈を返したその後に
ちょっとした何かが動いてアラートが解けて
“やっぱり好きだし”
「スレ違う」 行為そのものに対してフラットでいられる人たち。
違いは何だろう?
「こうしよう」 という意志が最初にあっても
その介入があることを知っただけで
「やっぱりやめよう」 に至ってしまったりする “苦手なモノ” と
「やめとこう」 にしてたものすら
その介入によって
「やっぱりいっとく?」 に至らせちゃうほどの “大好きなモノ”。
違いは何だろう?
鏡。なのかもな。
オーラはセキララだから
たとえ大好きでも
構えてること
怯えてること
相手に伝えちゃって
(セキララなクセに先に伝えちゃうのが
“大好き” のほうじゃなく “だけど怖い” のほうだから
厄介なことになるんだけど。)
結果、隔たりは大きくなる一方で
でもそれもアタシの 「構えちゃう」 や 「怯えちゃう」 に起因してて
オーラはセキララだから
アタシが抱く “苦手” も相手には伝わってて
あっちもアタシを “苦手” って思うようになってて
結果、溝は深まることはあっても埋まることなんかなくて。
見えない壁も溝も
全部が鏡。
全部アタシの内部 (なか) にある。
わかってんだけどね。
好きだけど氷結してる距離や
頑ななまでに抱き続けたままの苦手意識を
氷解させるのは難しいや。(;▽;)