本来の遅筆さが “更に遅いほうに” 勢いを増してることを痛感してる今日この頃。
PC で書かずに携帯で書いてるのも原因のひとつだってのはわかってるんだが
携帯依存に拍車がかかってて PC 触る気力ナッシングなんだから仕方ないか....(;▽;)
とにかく、ネタとしちゃ全くフレッシュじゃなくなっちゃったけど
今も消えない違和感のやり場がないので (飲み込まず、素直にツイってたらまた違ってたかな?)
とにかく POST。
ケセラの新譜に収録されている “bloody parade” に寄せて
侵略と開発
独裁と統治
虐殺と聖戦
反逆と革命
罪人と英雄の境界線
ヒーローは返り血を浴びても殺人罪を問われない
なんて一節を入れたレビューもどきをアップしてから 12 時間
シンクロしてたかしら?ってくらいタイムリーに米大統領が
Justice has been done.
(正義は成し遂げられた/裁きは下された)
発言をされたワケだけど
声明の途中で
「イスラムとの戦い(war with Islam)ではない」
って強調してたのが印象的だった、それ以上にこの
“Justice has been done.”
ってセリフは強烈過ぎたというか
聞いた瞬間に脳内に貼り付いて、ぐるぐる、ぐるぐる。
数時間経っても、ぐるぐる、ぐるぐる。
“bloody parade” に寄せて書いたようなことを ―― “正義” のイデオロギーを
改めて考えながら、ぐるぐる、ぐるぐる。
リフレインは一向に鳴り止まなくて。
各地で “USA!USA!” と歓喜する米国民の映像にも多少の違和感を感じて
(長引いていたものに一応の終止符が打たれ一区切りついたことを喜ぶ気持ちはわかるんだけど
人の死を “露骨に” 喜んぶ姿、人の死に対する喜びを “表現” したがる心理はイマイチわからんかも....)
その違和感は
911 の犠牲となった 24 人の日本人のご遺族の 1 人の
「裁判が出来なかったのは残念。彼のクチから全てを明らかにして欲しかった。報復テロも心配です。」 発言と
グラウンドゼロの前でインタビューに答えてた人の
「何も言えないまま犠牲になった人が大勢いるんだ、彼に何か言う資格はない。裁判なんか必要ないよ。」 発言で
“国民性の違い” という安直な結論を強引に持ち込むことで
落ち着く方向には向かったのだけれど
Again,
侵略と開発
独裁と統治
虐殺と聖戦
反逆と革命
罪人と英雄の境界線....
テロは非人道的行為。
戦争は人道的英断。
テロは根絶されるべき。
戦争は容認されるべき。
テロリストの暗殺は平和への第一歩。テロじゃない。
正義を貫くための戦いだ。
そう主張するアメリカの
今回の決断と結果を糾弾するツモリなんか毛頭ない。
裁判にかけるために拘束してたら、奪還するために人質を取るような騒ぎに発展してたかもだし
埋葬してたらその場所が聖地になってしまうだろうし
結果に云々じゃないんだ。
ただ
「キレイゴトだとしても」
“命の重さ” は一緒だし
911 みたいな方法論は赦されるものじゃないけど
彼の死を残念に思う人間だっているのだし
露骨に歓喜する映像に反感を抱く人間は存在するだろうし
憎しみや報復の連鎖を何処かで断ち切らなければ終わりは来ないのだから
映像として世界に伝えられる諸々の言動には最新の注意を払う必要があると思うし
911 の無差別大量殺人が悪で
Hirosima&Nagasaki の無差別攻撃を善とするなら
“正義” は 「どちら側から見ているか」 で変わってくるフレキシブルなものに思えるし
「両側から冷静に見る」 を忘れてしまう自分にはなりたくないと思うし。
....そうだね。アタシは。
時々でいいから “正義のアンチテーゼ” を探り直せる人間でいたい。
革命はテロという反逆と紙一重だということを胸に刻みながら。