シンクロニシティーを疑ういくつかの現実....
原因が違っていたって 「決意に至る理由」 にレソナンスを感じるから
その決意を支持したいんだ。
―― それがどんなに残念な結果であっても。
あっちでもこっちでも 「休憩」 とか 「卒業」 って声が同時に聞こえてきた。
まだ片手を超えてはいないことが唯一の救いか。
ファンが怖いとか
スタッフが苦手とか
価値観の相違とか
原因はどれも 「表現そのもの」 とは掛け離れてて
だから余計、休憩だとか卒業だとかを決心した現実が残念でならないんだけど
でも、それぞれがその決意に至るまでにどれだけ考えたかがわかるから
....ん。
休憩のその先にまた 「逢いたい」 があるといいね。
卒業してもいつかまた、違う立場で逢いに行けたらステキだね。
アタシも頑張ります。
えいえいをーっっ!!