251 よりも 440 のが馴染みはあるんだけど
(今は 「251 ≒ 海太さんワンマンのハコ」 で 「440 ≒ ノブさんソロのハコ」 なイメージかな。)
「下北」 のハコってだけで、なんとなく古巣に戻ってきたような気になるのは何故なんだろう。 (謎)
とにかく、ライブ前後の Que の上のサイゼでの 「みんなでワイワイ」 を交えつつ
(シアワセだったし、何よりやっぱりみんながオトモダチになってくのはステキと思った!!)
251 での air code さんのライブに参戦してきたワケですよ。
Set List は多分 (どっかーん。) こんなカンジだったワケですよ。
1. play ball
2. very nice day
3. nina
4. alone
5. smile again
6. 青春フォーエヴァー。
7. いつだって遠くを目指して。
(りょ~こちゃん曰く、で、“very nice day” の前に “nina” だったのかもだけど、
「また “nina” か....(´・ω・`)ショボーン」 (← こりは本音。最近特に苦手なのよね。) と
「いやん。 “alone” だわ!! (`・ω・´) シャキーン」 の記憶からいくと
“nina” ⇒ “alone” の流れだったような気がするんだよね....はっきりとは思い出せないんだが。)

同じ頃に出逢ってるのに
air code さんは今でも “air code さん” で、Quesera spunky roars は既に “ケセラ” な現実。
他のバンドさんのライブだと、一人でだって一列目でコブシ挙げてジャンプしてるアタシなのに
air code さんだと何故か、楽曲に聴き入ってドコかで照れてるアタシになっちゃう現実。
ファンとして積み重ねてきたものや、メンバーのキャラやバンドの方針....
そんなものがフクザツに絡み合ってくるから、関係性も、距離やらスタンスも、イメージも
違うのは当然のこと。
比較することに意味がないことなんか知ってる。
だけどどうして 「air code さんの前でだけ」 アタシが
「ゆっくりと見つめていたい」 と思ってしまうのか
結果、「遠くから見つめてる」 ようなカタチになってしまうのか
(ケセラのライブでだって時にはそんな気持ちになるけど、「いつも」 じゃないんだな、これが。)
その理由をずっと知りたいと思ってた。
大好き過ぎて完敗で、大好き過ぎて照れちゃう、それ以外の理由をずっと捜してた。
―― ここのところずっと....ずっと。
エネルギーに溢れる表現だった。
表現者自身が内包するものに対して
表現者を取り巻く環境に対して
表現者を見つめるアタシたちオーディエンスに対して
「挫けない何か」 「負けない何か」 「力強い何か」 がある表現だった。
「伝えたい」 「届けたい」 「共有したい」 が伝わってくる
真っ直ぐな想いとエネルギーに溢れてる表現だった。
ただ、同時にそれは、「ぶつけ過ぎちゃイケナイ」 という遠慮や葛藤や不安に通じる何かをアタシが
時にその表現のドコかに感じてた現実を突きつける表現でもあった。
アーティストが全力で放つものを
オーディエンスが全力で受け止めて全力で返して
それ以上がまた放たれて
今以上になって返すことが出来て。
Call & Response で繋がって廻り続けるのは理想。
だけどそれは、今のオーディエンスじゃ受け止め切れないくらいにパワフルな表現で
彼らが全力で放てば放つほど
受け止めきれないアタシたちの 「パワー不足」 が露見してしまって
全力で放つことへの躊躇いにも似た 「ぶつけ過ぎちゃイケナイ」 をアタシがイメージする結果に繋がったのかな、と。
そしてその表現力ゆえに 「じっくり」 味わいたくなるアタシがいて
(これはツヨシさんのソロが好きな人はみんな、クチを揃えて言うね。)
air code さんのライブはどうしても 「遠くから見つめてる」 みたいな反応になっちゃって
ハタから見たら 「授業参観」 みたい映ってしまうのかな、と。
(楽しみ方もシアワセの在り方も人様々なんだから大きなお世話だし
マスメディアの波にたまたま乗れただけの、根幹もない箱だけの表現とかを持て囃してたらいいじゃん。
とか思ってしまいますけどね。 wwww)
「揺るぎない自信」 と 「喪失しがちな自信」 ――
積み上げてきたものや一緒にいる人間たちに対する自信と誇り。
それとはウラハラの、小さく自己主張し続ける、自身に対する否定的で不安色をした何か。
放つ、ことはとても勇気がいることで
怖くないワケがなくて
イメージするレスポンスが返ってこなければ
不安になったり哀しくなったりするのはフツーのこと。
だけど、聴き入って、リズムを取ることしか出来なくなっちゃうくらいの表現が
ソコにあるのはアタシには事実で
だから 「聴き入りたい」 が誰かに否定されるべきものではないのも事実。
何かが上手に廻らないのは、ソコらあたりに起因しているのかな、と。
....ま、これがアタシの今回の分析結果で
「答え」 はとりあえず見つけられた気がしてる。 今。
さて。 彼らのワンマンに参戦すべく、今から横浜に向かいます。
まだ逢ったことのないアタシにアタシ自身が出逢えますように。
ステージの上、「全力で放つ」 「全力で楽しむ」 表現にまた逢えますように。
God bless us always,