ステージとフロアをつなぐもの。 | 踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

「踏んだり蹴ったり」って....あーた、被害者なら「踏まれたり蹴られたり」ってのが正しいんぢゃない??日本語ってばむつかしい...._| ̄|○  (BTW, ついでに、人も指せない「足の親指のトナリの指」を何て呼べばしっくりくるのか、教えてヱライひとっ!!)

声と音 ―― 歌詞と曲....つまり、楽曲としての唄。
そして表情 ―― 笑顔だったり、涙だったり。
それに視線 ―― 瞳が語るもの、瞳で語られるもの。

表現者の数以上にそれは存在してるけど....そうだね。




1 曲目が始まる直前、数秒だけ時間が止まった。
「やっと来たか。」 そんなカオをされた気がした。
「そりゃ来たさ。」 そんなカオをしたツモリだった。

真っ直ぐな瞳は変わってなかった。
惚れた笑顔も健在だった。
それはホントに嬉しかった....ん。

自分の笑顔を守ることが、大切な人たちの笑顔を守ることに繋がるって信じてやまないアタシだし、
帰って来て、なんて死んでも言わない。
ずっと待ってる、なんて約束もしない。
ただこれからもずっとずっと
「その時に自分が一番居たい場所」 でワガママに生きててよ。

たまに逢う 「ヒト昔前のオトコ」 に危うく惚れ直しそうになるような (苦笑) 笑顔の中にいてよ。

....ね?



音源だけで泣けるんだ。
生唄、生音じゃなくても泣けるんだ。
そして、思い出してしまうんだ。
記憶から消したりなんか出来ない、ステージの上にあった表情やその瞳を。


いつだって、応援してる。
みんなが、応援してる。
(それをしたくなってしまうだけの何かがある君たちだしね。)


だから、これからも進み続けて。
いつまでもずっと進み続けて。
アタシのペースで追い掛けていくから、さ。

....ん。



真摯、というコトバがぴったりと思える、印象的な瞳だった。
反らしちゃダメだと思った。
だけどどんなカオをしていいかわからなくて
結局は真っ直ぐ見返すことしかできなかった。

自分と向かい合うこと。
表現と向かい合うこと。
オーディエンスと向かい合うこと。
「対峙」 する全てのものに共通な KEY が、その瞳の先にはあるように思えた。

笑っていたり、泣いていたり、挑んでいたり、怯えていたり、憂いていたり。

どんな表現がソコにあっても
いつだってそれはちゃんと
癒しや包容、微笑みや希望に繋がってて
だから飽きたりしないんだ。
もっと逢いたいと思ってしまうんだ。
次の表現を見逃したくなくなっちゃうんだ。

だから、もうだけ少し魅せてて....捕まえてて。




表現者の数以上に思い出す表現があり表情があり瞳があるんだ。
それはシアワセだと思うんだ。
だからまだ棄てられそうにないんだ。
まだ....しばらくは、ね。