同一個体でない自己と他者。
当然、「完全なる理解」 なんてあるハズもなく。
ただ、ね。
「他者の」 それだというのにもかかわらず、そのアウトプットに触れた時に
「理解できる “気がする”」 ことが多い人は実際にいるワケさ。
アウトプット....その多くは、言葉。
使われている言葉が
理解しやすい人 ―― 自分の使う言葉に近い言葉を使う人と
触れて初めて 「嗚呼、そういう表現もあるのか。」 って思うくらい遠い言葉を使う人との差こそあれ
「わかる気がする」 が多ければ多いほど、どうしてもその言葉に感情移入しちゃう傾向にあって
嬉しいのも哀しいのも全部、自分のものみたいな感覚
代弁してもらってるような感覚に陥っちゃったりして。
よくわからんか。
書いてるアタシも、結局何が言いたいのかよくわからんから、終了。 wwww