頬を伝う涙や
手首に流れてゆく血液なら....
もしくはその傷跡なら。
確実に具現化したひとつの表現であるがゆえにそれは
分かり易いという意味において
「他者へのアピール」 にはなるだろう。
―― 万が一、それが他者を惹き付けるためのポーズであったとしても。
論じたいのはその善悪や正誤ではない。
僕はただ、方法論を知りたいのだ。
ココロが流す血や涙
魂の叫びや嘆き
抱えてしまった絶望や不安....
求めているのは、同情ではなく、共感。
いや、そんな現実があるという認識だけでもいいのだ。
けれど、具現化という手段を持たない 「想い」 の全ては
ドコにどうやって出口を求めればいいと?
それとも、内包したままそれらを美しく風化させてしまえと??