アメノヒハ ニガテダ。 | 踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

「踏んだり蹴ったり」って....あーた、被害者なら「踏まれたり蹴られたり」ってのが正しいんぢゃない??日本語ってばむつかしい...._| ̄|○  (BTW, ついでに、人も指せない「足の親指のトナリの指」を何て呼べばしっくりくるのか、教えてヱライひとっ!!)

何かを書いた瞬間の気持ちにウソはない。
ポジティブに書いていれば、その瞬間の気持ちは確かにポジティブなんだ。
だけどやっぱり、ポジティブを 「演じてる」 感は拭えない。
よくよく考えると、コトバほど前向きじゃない気がしてしまう。
「発言ポジティブ、根がネガティブ。」 ―― 今は、特に。

義務感か?
―― 否。


“Call & Response” という 「存在意義」 を求めて ──
「存在価値」 を認めて欲しくて “書くこと” をしてた自分がいるから余計に
「大丈夫。ソコにいていいんだよ。」 を伝えなくちゃ、いっぱい伝えなくちゃ、と思ってしまうのかもしれない。

多少ムリしてでも。
ポジティブに。
大丈夫を。
その瞬間だけは。


それは決して 「義務感」 じゃない。
なのに、投稿したものを後で読み返して、「何やってんだろう自分?」 って思ってしまう自分がいるのも事実で
書き込みを消したい衝動に駆られる自分がいるのも事実で....嗚呼。



大好きなあるアーティストさんに 「感性」 を誉めて頂いた (彼より豊かなワケがないのにね。 ww) のは先日。
過去に同様なことを何人かの 「憧れの人たち」 に言われたことがあるもの事実。
お世辞だとしても、好きなヒトに誉められれば、そりゃ嬉しいさ。
だけど、誉めて欲しくて書いてるワケじゃないさ。

「抱きしめて伝えること」 が一番好きなアタシに変わりはないけれど
「書いて伝えること」 が嫌いじゃないアタシがいるのも本当さ。
だけど、誉めて欲しくて書いてるワケじゃないさ。

(だけど、「表現」 を生業にしようと思ったことはなかった。
チャンスは頂いたけど、遅筆な自分と、納得のいかないものを出したくないプライドがバランスしない以上
「楽しんで」 書いてるのが一番だという結論に達したからね。 うん。)

誉めて欲しいワケじゃない。
伝えたいから書いてる、それだけだ。
だから、後悔しちゃダメだ。
なのにどうして、書き込みごと、自分まで削除してしまいたい衝動に駆られるんだろう?




考え過ぎてしまう自分が加速する。

雨の日は苦手だ。