
あやちゃんとタカコしゃんと 3 人でお茶 お酒 (1 食抜くと大変なコトになるアタシは食べましたが。) した帰りです。
つまり結局、「何故か」 川崎にいるみぃみ。です。
TIMESLIP-RENDEZVOUS さんの Que でのワンマン、電話でちゃんと当券が出るのを確認したっていうのに
どうして下北じゃなく川崎にいるんでしょうか? (謎)
(多分、タカコしゃんが面白過ぎたせいですな。 wwww)
ま、結局改札を抜けたワケですよ。
Serbian Night に行ってしまったワケですよ。
シアワセな時間を過ごしてきちゃったワケですよ。
で、最後に出演したパンサのステージで、「光の奥へ」 を唄い終わったツヨシさんが言ったんですよ。
「難しいことを考えないで、逢いたくなったらいつでも逢いに来て下さい。」
思わず、心臓が痛くなりました。
彼らとの距離を今後どう取っていこうか、どんなスタンスで立っていようか、悩んでる真っ最中だったので。
「アタシにとっては」 かなり難しいそんな課題に直面、「逢いたいけど逢いたくない」 背反から抜けられずにいたので。
難しいこと考え過ぎてるのかな?
逢いたいのに逢わないのは変なのかな??
そんなことがアタマを過ぎっちゃったもんで、少しドキドキして、ちょっとチクっとして
急に振り返ったあやちゃんと目が合っちゃったもんだから、更にアワアワしちゃって。
彼らに逢えば、好きだという現実を突きつけられる。
「好き」 は、シアワセを大きくしてくれる分、痛いことも更に痛くする。
好き過ぎるという事実は戸惑いに変わる。
不足してると渇望してしまうくらいに ── 依存してしまうくらいに
対象に対してジャンキーな自分が存在していることを痛感せざるを得ないから。
アタマの中でサイレンは鳴りっぱなしだ。
痛すぎるぜ、自分。 (涙)