「大好きだよ。」 とか
「逢いたいよ。」 とか
そんなコトバに嬉しくなってしまうのは
(それはきっと僕だけじゃなく。)
深層じゃ誰もが必ず
(それは神様のお迎えを心待ちにしている僕も含めて。)
「君を忘れたりなんかしてないよ。」
「僕には君が必要なんだよ。」
結局はそれを確認したがっていて
(意識の外であっても、きっと。)
自己の存在を肯定してくれる人間がいるという事実を ――
忘却の彼方に吹き飛ばされてしまう、ちっぽけな自分ではなく
此処に存在ることが赦される自分であることを
端的に表現してくれるコトバだからなのかもしれない。
逢いたいよ。
大好きだよ。
君を思い出す、僕なんだよ。