- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
“No Music, No Life.” 2004/12/11 20:45
来年の楽しいこと、来月の楽しいこと、来週の楽しいこと、明日の楽しいこと。
そんなのいらないから、今、連れてって、って。
自分からは逝けないから、ドコにも行けないから、それだけはイケナイから、連れてって、って。
そんな風に思うことのある人間を、しっかり生きてる人たちはどう思うかな。
「この世に繋がれていること」に苦痛を覚えることが多くて
時折、無性に「解放されたい」と思ってしまう人間をどう感じるかな。
それは衝動なんだ。
不意に何もかも投げ出したくなるんだ。
強くなりたいのに強くなれないんだ。
追いかけたい世界を持つ人たちがいるんだ。
弱さを知ってる強さを感じることがあるんだ。
音に唄にコトバに惹かれるんだ。
No Music, No Life.
救いは音楽の中にあるんだ。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
つまりはこれが、アタシの中の「音楽」という存在。
(ま、最近はもっぱら
「No Music, No Life」 ―― だけど 音源だけじゃ満足できない。
だから、「No Live, No Life」....
ステージの上に溢れる大好きな人たちのカオを見て
「もうちょっとがんばらなくちゃ」って自分を励ます、
そんなセイカツしてるワケだけども、ね。(苦笑))
高畠くんのブログ読んで、また考えちゃった。
「生きたくても生きれない人」がいて
「逝きたくても生きれる人」(正直、「逝きたくても生きてる」ヒト、何人か知ってるさ。ん。)がいて
だけど「逝くことを選ぶ人」(君はそっちで笑っているんだよね?)もいて。
「逝ければ」と思うことのある自分を正しいとは思っていないし
(正しくない、つまり、間違っている、と、わかってはいるんだ。)
生きたくても逝かねばならない人たちに申し訳ないとも思ってる。
だけど
「生きてるのも悪くないな」って
ステージの上にあるシアワセに触れる日々を通過しながら
それでもその日を待ち望んで生きることも許して欲しいんだ。
依存はしたくない。
執着は必要ない。
この世界に私を繋ぎとめるものなんか、欲しくない。
だけど君たちは、大好きです。
ん。