フィジー留学体験
最終章です
10月3日(金)DAY.6
SCHOOLING LAST DAY
お昼休みに隣接する小学校訪問
1年生はパワーがすごい
カメラを向けると群がって来て
もみくちゃになる
純粋でいっぱいのクリクリお目目がかわいい


6年生はだいぶ大人
お昼休みにダンスの練習をしていて
女子はフィジーの伝統的な音楽に合わせて踊り
男子はいっちょまえにR&Bポップスで
かっこつけた踊りを見せてくれた
みんなで一緒に踊った
フィジー約一週間の滞在なので
5日目にしてもう学校卒業
普通は少なくても2週間、多いのが3ヶ月とか、
半年、1年と滞在する人も少なくない
卒業セレモニー後
Indianの家庭にステイしてる子にお願いして
インドカレーの作り方を教わりに行った
今後サキが「得意な料理何?」と聞かれたら
「肉じゃがとお味噌汁」ではなく
「インドカレー」と胸を張って言えるようになりたい
Indian家庭のインドカレーはレベルが高い
帰り道 街で知らないおじさんに「サキさん」と呼び止められた
ん?このブラザーコーン?トム?みたいな人・・・知ってる
おととい朝登校時に「Bula!」と声かけてきたFijianのおじさんだ!
いかちいし警戒したが フツーに楽しく会話をするおじさん
あぁ人懐っこいFijianかと一安心
そのおじさんとの再会である
たった50Mくらいしか一緒に歩いてないのに
顔も名前も覚えててくれたなんて
私なんてFijianみんな同じ顔に見えるのに・・・
すっごく嬉しくて 再会記念に1枚写真を撮ってもらった
さてその帰路 今度は若いFijianの男の子が
話しかけて来た
ああ また人懐っこいFijianか
話すと同じ村に住む同い年の子だった(ちょっとイケメン)
いろいろ話しながら歩いて 私の英語力が確かならば
「日本の女の子のSEXいいって友だち言ってたよ?」
みたいな言葉が聞こえた
口説いてるようなフインキは感じなかったが
初対面でそんな話と思って たじろいだサキは
「ん?ん?」とわからないふりをした
「ええ いいわよ」って言えばよかったかなぁ
聞くと空港の免税店で働いているという
次の月曜日に帰るというと胸のポケットから紙を出して
「ホントだ 成田行きある 帰りに寄ってね」
と言って うちの近くでバイバイした
家では今日もまた初めて見る10サイくらいの男の子が
ウロウロしていた
もう「初めまして」なのかよくわからない・・・
家に帰るとまず虫除けスプレーのサキ
夜は戦いだった
停電 近くの家も一斉に停電
ろうそくの灯りでごはんを食べた
「普段はこんな事めったにない」というが
かなり 疑わしい
約1時間後 電気復活
ペミ6サイとサキの部屋で遊んでいると
今度はコックローチが
じゅうたんを一生懸命歩いて入って来た
そしてベットの下に隠れる
ガーーーン
恐れていた事態
ペミに言うと「私コックローチ好きー」と
でもサキはこわくて眠れないと言うと
ほうきを持って来て追い回した後
ほうきの柄でつぶしてくれた
触覚を手で持って「ホーラ」と
部屋のゴミ箱に捨ててくれた
外に捨ててくれた方が嬉しかった
ペミが退治してくれたゴキブリは
私が見たのより黒い気がした
ペミに「こわいから一緒に寝て」とお願いしたが
「ママに怒られる」と断られた
10月4日(土)DAY.7
モニターご一行様 クルージング
South Sea Islandへ





そうそう これがイメージしていたフィジー
船で離島へ行ってそこで潜水艦やシュノーケル、
カヌー、ヨット、バレーボール、マッサージ等1日遊べるツアー
食べ物飲み物もフリー
青い空、青い海、白い砂浜、水着の跡
これぞリゾートアイランド フィジー
最高です オススメします

家に帰るとまたもや知らない女性がいる
他の地域に住むうちのママの娘だった
家族構成を聞いた
やっと理解できた 7日目にして・・・
さぁそれからナイトクラブへ
血が騒ぐ 笑
10月5日(日)DAY.8
朝から教会 聖歌隊のPOPな歌声が外まで響いている
クラブかと思った
街でおみやげ買う
またもや「サキさん」と呼ばれる
例のおじさん ジムさんだ また会うなんて
帰る前にもう一度会えてよかった
私の都合も気にせず 「まあ座って話そうや」と
道ばたのベンチに座り自分の仕事の話や若い頃の話を始めた
ジムさんとお別れ ありがとうジムさん
Eメールアドレスを教えたが未だにメールは届かない
午後タクシーでリゾート地区までショッピング
モニター同士 1週間も一緒にいるとだいぶ
仲良くなる
帰りのタクシーでサキは村で下車
その後3人は家まで送ってもらう
翌日聞いた話だが、
途中運転手さんが島で1件しかないマックにより
アイスを買ってくれたそうな
そして「ボクんち見せてあげるよ」と言って
知らない道を走り始め、3人はもう戦闘態勢
行き止まりに来てビビっていると
「ホラここがボクんち」と言って見せてから
ちゃんとうちまで送ってくれたそうな
本当にただ自分ちを見せたかっただけらしい
日本でやったら犯罪です
こんなに人が温かい国
帰りたくない気持ちいっぱい
ここ2、3日は村を歩いていると子どもたちが
遠くからでも「サキー」と声をかけてくれた

存在を認めてもらえたみたいで とても嬉しかった
素晴らしい1週間
もうちょっと この島にいたい
とうとうフィジー生活最後の晩餐
今日こそ家族そろって食べるのかしら?
夕食 インスタントラーメン(具なし) タロイモ
サキひとりで食べる
日本へ帰ろうと決心した瞬間でした
周りにはコンビニもないしスナック菓子を食べて夜をしのぐ
サプリメントは欠かさない毎日だったが
久々に口内炎が2カ所できていた
10月6日 DAY.9
あまり寝られていない
午前4時頃目が覚めてカサッと動くコックローチを
発見してしまった 茶色め
ああ きっとペミと一緒にいた時入って来たやつだ
てことは2匹いたんだ 共同生活してたんだ
もうそこから寝られなくなって
以前ステイしていた子が置いて行っただろうマンガ
「ゲゲゲのきたろう」を読み始めた
なおさら眠れない
ていうかきたろうって・・・フィジーにわざわざ持って来たん?
車がサキを迎えに来る
感動のお別れシーンも撮影される
カメラがまわると知るとママが「ちょっと待って」と
カーリーヘアを部屋の奥で整え始めた
いつもと同じに見えたけども
だいぶあっさりしたお別れだった
ママもすぐに奥へ戻ってしまったので
熱い抱擁のお別れシーンをカメラマンから要求された
再び お別れシーンのやり直し
車に乗り込むとカメラマンさんから
「大村さんちだいぶあっさりだね 泣いてほしかったのに」と
不満足だったらしい
でも車に乗り込んでパパやママ、ペペ、ペミに
次はいつ会えるのかと考えるとウルッときてしまった
ペペやペミが大きくなって日本に留学して来たらいいのに・・・
その後他のモニターの子のお別れに立ち会う
他の子のステイ先のトンガ人のママにはだいぶお世話になった
大げさでなくベットでざっと100カ所(今数えてみた)は刺された
サキの体中の赤みを心配してくれた ありがとう
カメラマンさんも満足した模様
空港で合流した留学会社SPFDの社長に昨日の夕飯の話をすると
ヌードルはフィジーの人にとってご馳走とまではいかないが
いい食事らしい しかもキリスト教徒なので日曜日の夜は
働かないとのこと その代わりランチは豪勢にする
家族団らんの習慣もないらしい
確かに昨日のお昼はロヴォ料理を食べた
だから夕食ヌードルに納得する事にした
でもヌードルとタロイモだけはさみしいかもねと言っていた
飛行機に乗るための持ち物検査
3人のFijianの女性
私の荷物をチェックしながら先に通過した子に話しかける
「どこにステイしてたの?」「Indianの家庭だよ」
「OH!NO!」と
私の荷物のチェックも厳しくなる
マスカラとかかゆみ止めとか「これ何?」みたいな
すかさずサキが言う
「私Fijianの家庭だったよ!ナレワ村!
ロヴォ料理おいしかった!」
3人のFijian大喜び
「アイ ラブ フィジー」で検疫を通過
こんなんでいいのか?
出発の時間まで免税店ウロウロ
フィジービールを見ていると「サキ!」と
同じ村に住む男の子サナ(ちょっとイケメン)との再会
すっかり忘れていたのでビックリ
フィジーの住民登録をしている社長でさえも
「こんなこと他の国じゃありえないよ」とビックリしていた
飛行機に乗り込む時間になってサナがラウンジまで
見送りにきてくれた
サナとももう会えないかもしれない
切ない別れだった
(とか言ってみた方がキレイな想い出になるかしら?)
ーしかし飛行機に乗り込むも機体の故障で足止め
一度降ろされてしまった
1時間後 早くもサナと再会である
結局3時間押しでDEPARTURE
少しでも長くフィジーにいられてよかった
先進国生まれの私たちが後進国で生活するのって
ぶっちゃけすごく大変
日本のいいところにいっぱい気づきます
でも日本で生まれ育つのが幸せか
フィジーで育つのが幸せかはわかりません
きっと幸せの基準は自分
日本の子どももフィジーの子どももおんなじ
みんなきれいな目をしてます
実際のところ みんなおんなじ
ただの生き物 おなじ人間
虫との戦いは大変だったけど
すぐに人と仲良しに慣れるフィジーで
私は幸せな毎日を送りました
ただ普通にバス乗って学校行ってっていう日常だけど
そのくり返しに意味があるように思いました
ホラ例えば日本でもさ私とか
クラブも毎回顔出す事に意味があるみたいな
その中でふといろんな事に気づいてみたり
出会いがあったり
特に私はこのモニターが補欠合格だったので
もし来ていなかったらこれだけの体験を全く知らずに
通り過ぎてたんだと思うと貴重な日々に思えてなりません
日常に落ちているそういうチャンスを逃さずに
感情豊かにアンテナを張って生きていきたいです
それからこんな素晴らしい体験をさせて下さった
関係者の皆様、一緒に行った仲間、
お休みをくれた職場の皆様に心からありがとうございます
一人ひとり名前書こうと思ったら関わっている人がメッチャ
多い事、改めて気づきました
長くなりましたが
この気持ちを忘れないように
どうしても記録に残したくて書きました
そしてここまで読んで下さった方々
本当にありがとうございます
これでも書ききれないです
ぜひぜひオススメですよ フィジー留学
www.southpacificfreebird.co.jp