昨日から娘の調子が悪い。
何日か調子良さそうに見えてたからなんだか凹んでしまったけど、それは私が勝手に思い込んでただけの事。
勝手に判断されてガッカリされる娘はいい迷惑だろうな…
鬱&パニックの妹から電話がかかってきて、切り出しは例のどんより声。
でも1時間たわいもない話をしているうちに「何かスッキリした!あんたに電話して良かったわ。気分の沈みは天気と季節のせいかも」って言われた。
やっぱり誰かに愚痴ったり話をして繋がりを確かめれるっていいんだな。
夕食で久々に作った大根の煮物、娘が美味しいって食べてるのを見るのが嬉しかった。
食って幸せの繋がり。
大事なんだな〜。

私の見ていないところで何をしてるのか、隠れて何をしてるのか疑いが止まらない。
なんでこんなに疑わないといけないんだろう。
何をしてるか知ったところで、それを止めれるの?止める権利あるの?
彼女は彼女の人生を彼女が進んでいかないといけない。
でもまだ親が教えないといけない事もあるなかもしれない。
その線引きはどこ?
痛い目を見たとしても自分で切り開かせるべき?
あの時意見しとけばよかったと後に思うかもしれない。
そう思ってたなら止めてほしかったと思われるかもしれない…

そうだ、彼女が隠してる事言いたくない事は私に何も言ってほしくなくて触れられたくない証しなのかも。って無理やり考えるのってずるいかな。

すごくいい天気。
天気の良い日は気分が凹む。
良い天気だからどっか行こうか?何しようか?
そんな会話したのいつだったかな。
家の中を明るくしようと何もなかった頃のように元気に「行ってきます!」と毎日朝早くから夜遅くまで頑張ってるパパ。
今日も昼まで起きてこない娘。
その間で自分の気持ちがわからない私。
天気だしパパ元気だし幸せなの?
天気なんか関係なくどこにも行けないし昼まで寝てて夜寝れない生活リズムの娘辛いの?
私どっち?
依存って幸せな事なのかもしれない。
最近私は娘に依存気味。
恥ずかしげもなく娘に抱きついてなでなでする。
小さい時にやらなかった事。
今さらやるなんてずるいかな。