双極&逆食アラフォー派遣はダイエット中

双極&逆食アラフォー派遣はダイエット中

双極性障害2型、手帳持ち。クローズで派遣。既婚者女。逆流性食道炎になった。幸せ太りしたので最近はダイエットしている。

双極性障害のさんだるです!

最近はクローズで派遣してます。


4月からの勤務先への愚痴が主です。


●2部署兼務だと思ったら3部署兼務


メインは経理補助なんですが、人事部署とか他にも兼ねてます。経理の部署以外の仕事はTHE雑用、庶務!という感じですね。最初はあっちこっちから仕事がとんできて、いっぱいいっぱいになったら教えてねと面談で言われた私。

沢山やる事がありそうで暇なさそう…と思いました。


●超暇ひますぎて帰る職場


配属初月ってテンパったり引き継ぎ多かったりしますよね。

初月からひますぎて早退する日がありましたガーン

1ヶ月経つと業務習熟度も上がる、仕事も増える、しかし慣れが上回るのか、ひますぎてやはり早退する為日数自体を減らしてもらいました不安


今回は経理の経歴をつけながら、

自分でも簿記を勉強しよう。

体力無いから残業ない職場にしよう。


という感じだったので、まぁいっかぁ…と思いました。

お医者さん的にも週4の方が負担少ないから良いよ…

という言葉もあったので今年は投資だと思って

ゆるゆるとやるぞ〜と偶に勉強しています。


まぁ最初の何ヶ月かは身体を慣らす期間だから、

そう思い働いていました。

やたら夜寝落ちしたので、疲れるんだなぁと思いながら。

最近やっと夜寝落ちしなくなったなと思います。


休みはめっちゃ取りやすい。

何故なら仕事すぐ終わっちゃうから、

繁忙期とかを越せば別に大丈夫。

土日祝ほぼ9-17でほぼ週4とか考えによっては主婦垂涎の内容なのでは…?業務のゆるさといい福祉かと思ったね。



●一応学びもある、一方…


予算関係の資料や入力、数字のチェック、偉い人の会の資料の確認等を通じて事業内容や、問題、どの様な仕組みで動いているのか、また嫌でも財務諸表を見るので見慣れてきた。

ただこれ一般の企業会計ではないので他で活かせる所は少なめです。。。


AI禁止。気軽な疑問がぶつけられないのがかなりショック。

個人情報突っ込むわけではなく、例えばこの場合の科目の解釈は?とか、そもそも●●という言葉とは?みたいなのが聞けない。些細なことを人に聞くのは迷惑だしな…と思い、後で調べたり暇そうにしてる時に聞いています。

こっそりコパイロットだけ窓が出てきた所で使ったりしていますがおそらくOfficeが365じゃなかった筈…。

(リースとそうじゃないのがあるので全員かは知らない)


通帳と帳簿が有ってるかの確認の際に、

会計データを紙で渡される。

データで下さいよ…。泣くうさぎ

なんか皆よくデータではなく紙を印刷している。

起票漏れも…データを数ヶ月並べれば、

毎月固定費、毎月発注有り金額変動あり、スポット、四半期、2ヶ月に1回…等

わかると思うんですよね…。

と思ったので最近暇な時に、

このデータを作ったりなどしています。

他にも検証用のシートを複数作りました。

もうマニュアルも沢山作ったよ!ムカムカ


●前任者への愚痴


前任者は直雇用と引き換えに部署変更していました。

で、2ヶ月目から既に前任者がやってない範囲の仕事してるんですよね…。そしてそれを含めても週5潰せないんです。

え…逆に何をして時間を潰していたのですか案件です。


無期雇で非常に属人的な仕事を1つ持っていて、

その部署から引き剥がすのに直雇転換しかなかったのかな?と個人的には考えています。年齢的にもう長く無さそうだし…。


その為業務量の設定がかみ合わず、暇です。

仕事は増えると言われましたが、暇です。

暇な時間、勉強させてくれないかな…本当に…。

これ多分無理なので、ノートに書き写したメモを

復習で見るくらいしか無理かなと思っています。


暇なので早退する→お給料減る。なんじゃこりゃ。


●勉強…しなきゃね。


仕訳アプリとかを使いながら簿記3級の復習して、

参考書で工業簿記を見てます。

学生時代と違って記憶力集中力自体は減ったのですが、

理解して覚える力、

何かに結びつけて覚える力が増えた気がします。

製造業にいたので、工業簿記はイメージが掴みやすいかもなぁ、言葉には慣れないけど。


気晴らしに並行して勉強したいのが、乙四ですかね…。

僻地転勤でもガソスタで働けるかなって。

乙四は恐らく選択式の為、過去問ゲーになるので

わからなくても解き続ける事でクリアできる気がします。

(衛生管理者と同じ感じかなと)


年度末までは契約があるので、

ゆるゆると働きたいと思いますにっこり


双極性障害のさんだるです。

世間で痛ましいと報道されている事件に合わせ?

映像化が決まった某漫画に関して、

思う所は大いに有りますが私が思うような事は、

色々な所で議論されていますので、

私が「知的障害者」を認知した経緯を書きたいと思います。

今回は身体、精神の方の話は省いています。


前提として今私は精神障害者であり、おそらく発達も(ASD傾向)ありますが、健常者として、また正社員として就職し10年以上働きました。メンタルをぶっつぶされて症状悪化の後今に至ります。後天的なメンタルではなく、見過ごされる程度のグレー発達からの二次障害としての精神疾患と今は理解しています。



●学生の頃

障害者の世界とは無縁でした。

でもクラスのなかで●●ちゃんのお世話係というものがあり、お手伝いが必要になる存在がいること。また「五体不満足」が当時かなり出回った時期だったので、身体の不自由な人がいるんだなぁ。という感じ。


大学生時代も特に障害者に関する何かに関わった記憶がありません。ネットスラングで知的障害者の事を悪い意味で池沼と呼ぶ事は知っていました。



●社会人になって

労務の仕事には勿論採用や雇用率管理もありますので、そういった点から知りました。

キーワードを出すとすれば「障害者雇用率」「点数」「愛の手帳」「B2」「軽度」「養護学校」「実習」「グループホーム」あたりでしょうか。

自部署で清掃要員として主に知的障害者を雇用していた事から、前任の方が退職される際に障害者管理関係は私に引き継がれました。(ここからは他部署も含む)


途中会社は重度の方を契約終了にする事になりました。

理由は「仕事をしていないから」「他の従業員からの賃金的な不満」からでした。生産性…に近い考えですね。

あんなに暇そうにしていてぼーっとしているのに、

近い賃金を貰っている事が許せない的な意見からでした。

結局軽度の方を1人残す形で終わりました。


これは別の見方もあって、清掃は軽度の方1人でほぼ済んでいるので、重度の方を遊ばせていても問題ないから、

何故なら重度の人は「2点」であるからでした。

同じ時給を払っても軽度の方2人分の点数になるからです。

雇った当時はこういった経緯だったのではないかなと思いました。(これは当時のペースメーカーの方と同じ様な感じですね)


●知的障害の清掃の方とコミュニケーションをとる


知的と自閉のある方でしたが、地域の有名養護学校出身であり、実習にも来ておりそれが縁で来られた方でした。

有名養護学校出身で障害者雇用って療育界のエリートなのだと知りました。学校を見学した上司があまりの厳しさにドン引きしていました。


さて、引き継ぎに伴い何にどの程度時間がかかるのか、

自分がやった際にどの程度時間がかかるのか等を知る為、

今まであまり接していなかった清掃の方と対話しました。

ここからはAさんとします。


Aさんに大きくどんなスケジュールで清掃をしているのかを聞き、区切った作業が終わったら報告に来てもらうというものでした。また見学?出来る時はどんな様子で作業をしているのかを見ました。


厚生棟の机の椅子を上げる作業があります。

掃除機をかけた後、また椅子を下ろすわけなので、

上げた椅子は適当に上げておけばよいと思ったのですが、

Aさんは上げた椅子をキッチリと定位置、机を挟んだ逆側の椅子と場所が合うように綺麗に置いていました。

Aさんに上げた椅子は綺麗に配置しなくて良いと

お話しましたがその後もAさんはキッチリ定位置に置きました。これが発達の方の「こだわり」だと調べて分かりました。その後はこだわりに関して何か言うのはモチベ低下になると思い助言はしませんでした。


その他にも色々とあるのですが、時に同じ作業を一緒にやり、逆に教えてもらい、来客予定等を共有したりなどして、やっと打ち解けてきた頃に、厚生棟清掃が従業員の休憩時間開始に間に合わずストレスとなっている曜日がある事があり、またそこで差別的な扱い、言動を受けている事が分かりました。(ほんの一部の方からの心無い発言です)

Aさんと相談して出勤時間を30分程早めたりなどしました。


Aさんは吃音気味でしたので、オープンな事務所の様な場所ではなくて別室で話す?等と提案するとゆっくりながら相談をしてくれる事もありました。

当時は配慮事項、合理的配慮、という概念があまりなかった気がします。

●●が苦手、●●が得意。くらい。

また採用後その方の特性が分かる書類が無い。。。

引き継がれてない…

大変申し訳ないのですが私も体当たりでした。


集合型の職場とそれ以外がありますが、

そこは集合型ではありませんでした。

それ故か融通がかなり効く職場でした。


今は配慮事項(無理、苦手)というものが比較的オープンになりましたが、ここを自己理解出来ているかは健常者、非健常者共にとても重要ですね。



●障害者面接会に行った


雇用率が足りていないという事で、ハロワ主催の面接会に面接側で出た事があります。銀行とかはもう凄い列、それも車いすの方が多かった印象でした。

清掃の方はというとめちゃくちゃ人気無かったです。

(今6時間×5日の厚生棟清掃トイレ掃除無しって人気どうなんだろう…)

途中重度の方が面接に来られましたが、

質問に答えられず親御さんが答えていました。

意思疎通が難しいとなると採用は難しかったのですが、

親御さんはとにかく働いて欲しい様子でした。


今になって思うのですが支援のゴールが、

就職となっているのはどうなんだろうと感じます。


そうか、軽度と重度とはこれ程の差があるのだ。

(もっというとB2にもかなり幅がある)

という事がわかりました。

ほぼそれまで意思疎通の可能な知的障害者としか

会っていなかったのだとわかりました。


●有名養護学校出身の意味


これはつまり本人の努力も必要ですが、

早い時期からの療育、支援、からの二次障害が薄い、

軽度の子という足切りが存在している?のかなと思いました。

毎日学校に通うことが出来るというだけで、

排除される方は多く居ますよね。


実習をよく受け入れて居たのですが、

二次障害が重いタイプの方は、

実習に数日来るのも厳しい印象でした。


なので養護学校出身障害者雇用は

めちゃくちゃエリートなのですよね…。


という事は、私たちが日常で出会う方は

健常者の基準でかなり選りすぐられた

存在であると思います。

ただし、出会わない方に関しては、重度であり、

一般社会と切り離されている。


必ずしも切り離されないほうが良いのか?

それはケースバイケースですよね。


私はそういった方も適切に支援され、福祉に繋がり、生きていける社会であれば良いなと思っています。


おわりに


今回は知的障害者に絞りましたが

これ以上障害を理由に、また健常者の閾値からはみ出た方を差別的に扱われる事の無いように願うばかりです。


いつ障害者になるかわかりませんよ、

私のように。


おわり


双極性障害のさんだるです。


私、母、従姉妹は同じピアノの先生に習っておりました。

ピアノの先生でしたが、個人的にはそれ以上の存在でした。

人生で愚痴を聞いてくれる存在や色々と教えてくれる方は意外と少ないもの。ピアノをやめた時に今自分は若く常に教わる立場だがそうした方はこれから減るのだなと感じました。


今回は私とピアノ、先生についてです。


●幼稚園の頃、ヤマハに通う


昔の家にはどでかいエレクトーン、アプライトピアノがあった。ピアノは祖父がなんか真っ黒のピアノは重苦しい?との理由で真っ黒ではないピアノだった。


幼稚園の頃体験教室みたいなのに連れて行かれた。

母からピアノやりたい?と言われた私は、圧というか母の意思を感じ「うん(???)」と答え、ピアノを習うことになった。これに限らず、エアロビクス→新体操、水泳、習字、テニスと何かと習わされた。習い事を何故させたかったんだろうな…ピアノは自主練が必要なので意外と時間を食う。ほっといてもいい時間が欲しかったのだろうか。塾にでも突っ込んでいてくれればと思ったがチャレンジは契約していた。殆どやらなかったけど。


水泳は学校でも海でも役に立つし、毎年海に行っていたから泳げない一族は居ないからマストだったのかな…。

習字は集中力という意味では役にたったかも。一応段持ちで条幅が一番得意だったはず、硬筆は糞。

テニス?新体操?役にたちませんね…笑


ヤマハの集団教室に通った。

覚えているのは教科書の前から順にやっていって、各人テストがある。たまに集団で1つの曲を弾く発表会とか有った。惑星とかのどれかの曲を弾いたかな。

ただ、なんというか、あんまり興味が持てなかった。

曲の好き嫌いが激しい子だった。

あとあるあるだと思うけど、まず曲より先に指の練習をやるよね…。超絶嫌いだった。ポコ・ア・ポコとかツェルニー、ハノン…。


母はバッハ、ベートーヴェンというどちらかといえば古典派よりの曲が好きだった印象(でもショパンも弾いてたな)、私はショパン、ドビュッシー、ラヴェル、リストとかどちらかというとロマン派近代よりの曲が好きだった。

因みに母は幼稚園の先生とヤマハのエレクトーンの先生?何方も経験が有ったはず…。


ヤダヤダしていた私を見て母は、個人レッスンをするか?と言った。成り行きで個人レッスンに同時並行した後に完全に個人レッスンへと切り替わった。



●個人レッスンに切り替わった後


個人レッスンでは色んな目的で来ている人がいた。大人になって習いたい人とか、音大目指してる人とか、保育士?幼稚園の先生?になるのにピアノ弾けないといけないとか?


何の目的もなく20歳まで続けてたって意外と珍しいかもしれない。これは途中からピアノを弾けるようになる為というより、先生に会いに行くのが目的になってた気がする。


因みに離婚後母子家庭になった後に続けた唯一の習い事がピアノだった。


先生は私の曲の趣味がなんとなくわかったのかもしれない。好きそうな曲とツェルニーとかを並行してやっていた。

20歳までやったんならさぞ上手いんだろうと思われるかもしれ無いが、気に入った曲は乗っ取られたように弾くが即鍵が一切出来ない無能です。←これは長くやってる人なら出来るので本当に呆れられるかもしれない。


その代わり耳からコピるのは比較的得意で、

中学生の頃はMIDIで好きな曲を作るのが趣味の一つでした。


先生は何人かの同世代の生徒を集めて楽典を時間外に教えてくれていたが、あまりにも私達が不真面目なので途中で辞めていた笑



●ピアノの先生との距離感について


小学生から大学生まで一緒に過ごす人は意外と少なくないか?人間関係としてかなり長い方だと思うのね。

私のレッスンの時間を後ろ倒しにして、私が最後のレッスンの生徒になる様に途中からしてくれたんだよね。

多分私の私語がめっちゃ多かったんだと思います…。


多感な時期に色々と愚痴を言ったり、相談に乗ってもらったり、趣味の話をしたり、本を貰ったり。あとケーキ屋でケーキ買ってもらってレッスン後に2人で食べていた。

とても可愛がって貰っていたなぁと、

思い返すと本当にそう感じる。


ちょっと典型的な先生と生徒、

という関係ではなかった気がする。


先生もお年を召して、目を悪くしたのもあって(だっけ?)沖縄の甥っ子の所に引っ越すので先生をやめると言われて、残念だったけれど確かに大学生結構多忙だし仕方なし、とこれを期にピアノをやめることにした。


会の方には他の先生が引き継ぎますよと打診されたが他の先生に教わる気が全くおきなかった。その時あ〜ピアノが嫌いという訳ではないしピアノ大好きだけど、ここに私は先生に会うために通っていたんだなぁ〜と思いましたね。


仲が良い姪っ子と伯母さんの関係…みたいなのかな?いや、ちょっと違うね、心の拠り所であり居場所みたいなものにもなってたんだろうね。


●辞めてから会った


私が29歳の時、丁度30歳になる前に432しようと思っていた時期ですね。先生は年賀状をよく出してくれていたが、あまりにも私が筆まめでない為返していないことも有りました…。


3年位前から終活をしており、432する気であった私は母を旅行に連れて行ったり、自分だけでも旅行に行ったり、新しい服を買わなくなったりと色々としていた。最後に先生に会いたいなと思って年賀状に電話番号をのせたら連絡くれたのね。そこから2週間位で即沖縄に行きました。1月で雨の日もあったけど沖縄って雨の日でも海が青いんだなぁと思いましたね。


無事読谷に住む先生に会い、国際通りの海鮮買ってもらったり、美ら海水族館に行ったりしました。

確か夜光貝?を買ってもらったのかな…。





先生やっぱり沖縄だからオリオンビール飲むの?と聞いた所あれは甘いからわざわざアサヒを取り寄せてるよと言っていた。赤ワインの方が好きだわ〜みたいなことも言っていた。


ただ沖縄グルメとか沖縄文化に関してはちんぷんかんぷんで何年も住んでるのに其の辺は興味ないのだなぁと思いました。


この頃が確か80代位だったんじゃないかな(わからん!)

自立してめっちゃ歩くやん…元気やな…と思いました。

沖縄の人は歩かないから歩けなくなっちゃうみたいなんだよね、みたいな事を言っていた気がする。

首里城行った時はマンゴーハイビスカスソフトを食べていました。


お別れの際はそれこそ自分がこの年に432すると思っていたので泣きました。この頃まだ母は生きていたので先生にお菓子持っていって、と大量の菓子を持たされたな…

という所で思い出したんだけど、私が初めて一人で旅行した高校生の頃、一人で旅行すると行ったらなんかケーキ屋で菓子詰め買ってくれたんだよな…。(この旅行には別に記事があります)


●その後


母が亡くなった年はこの年でした。

兄が年賀状をもとに母の逝去をハガキで送り、

それは先生にも届いておりました。

私のことを心配するお手紙を送ってくれたなと覚えています。その頃はちょっと返信できなかったのですが、その後確か随分経ってから手紙を送りました。そこから返信が無く、またラインを登録していたのにメッセージのやり取りが出来なくなった事、2022年のメッセージに既読はついていたものの返信が無いこと。電話に出ない事。年賀状が来ないこと。


この事から悲しい事ですが、

お年もお年であったし…、糖尿病であったし…。

……………。

住所はわかりますが、

お手紙をお送りする勇気がないのです。

安否を確認する事も怖くて出来ず…。

ご連絡が取れればご報告したい事は山程ありますが…。

ご親族の方に気を遣わせてしまうのも申し訳無いしなと。



●会えるうちにお世話になった方へご連絡すべき


過去お世話になった方と最近やりとりをする事が偶にあります。また夫の親族や離婚した父ともよくやりとりをします。このようなことをし始めたのは最近の事です。

自分の事で精一杯で出来なかったんですよね。


もう一度沖縄に行って顔を見たいなと、

思った次第です。




沖縄の読谷付近で体調をお崩しの方は

まつしまクリニックへどうぞ

まつしまクリニック




双極性障害とさんだるです。


サムネは私の夫のパック姿です。

前回は人を嫌いになる事についての受容や、

自己嫌悪にならない為の考え方等をまとめました。

興味があれば前回の記事をお読みください。


今回はそれの対となる嫌われることについてです。


あっなんかこの人から嫌われている気がする…

どうしよう、私なんか悪い事しちゃったかな…

気に障ることしたかな…自己嫌悪…ガーン


こうなる事ないですか?私はなります。

因みにこの考えを殆ど持たない人がいる事も知っています。

なんでそんな風になれるんだろうか…。

確かに(色んな)立場が嫌われる人より上なら

気にしない問題かもしれない…。

とは思いましたが嫌われても別に…というのは

凄い、この人強い人なんだな〜と思っています。


嫌われる勇気なんて本を見かけた事があります

(読んだことはないです)

私流の嫌われる勇気とでも言うのかな、

勇気というか解釈をここに書きますので、

同じ様な思考パターンを持つ方の参考になればと思います。



●加害してないのに何か嫌われる


特に女性に、ってのが多かったかな。

男性からめちゃくちゃ嫌われた事は記憶には無い…。

基本的に誰とでも仲良くなりたい私

(といっているがちょっと私はおかしいので、その人の人生とか思考を知りたい、プロファイリングしたいという欲があります)


嫌われると何かしただろうか…。

と思うことが何回もありました。

私から積極的に加害してないのに嫌われると思った事。


夫にも相談したことが有りました。

何故私は女性が多いけど嫌われるんだろう。

すると夫は、あ〜なんかわかる気がする笑

といっていました。

何だそりゃ笑


●自分が人を強く嫌う時、自己投影をしている


これは前回の記事で扱いました。

周りの人は反応していない事に自分は反応してしまう

このパターンの嫌われ方ですね。


今まで自分を嫌ってきた人はどんな人だっただろうか?

分析した結果ですが、

何かしら苦しみ追い詰められている

精神に余裕のない人です。不安定な人です。


それは例えば育児と仕事の両立であったり、

病気であったり、

仕事上で苦しい立場にある人だったり…

勿論その人の全てを知っている訳ではないですが

共通項はわりとそのあたりでした。


私も独身の時は結婚してる人が羨ましかったよ。

付き合っては転勤されて、別れて次を探して。

だからあまり外では言わないけれど、

あ〜彼氏欲しい結婚したいとか言って行動しないやつ

まず現実的に結婚できる彼氏をつくる努力どれだけしましたか?自己分析しましたか?行動をしましたか?ぽっと出で出来る結婚なんて殆ど無いんだよ!結婚は、ゴールじゃねぇんだよ〜!!

って言いたくなりますよ。

例えばこれが自己投影の一種ですねにっこり

自分でコストをかけて頑張った自覚のある人程、

それをしない人を批判しがちという…。

(実際に結婚した感想はご縁とタイミングでした…ただそれもトライ&エラーの結果であり、試行回数が無ければ最初から可能性がゼロだったのは言うまでもないです)


●嫌われる理由は相手の中にあるかもしれない


加害してないし、失礼なことも思い当たらない。

この場合ちょっと考え方を変えましょう。

真実なんてわからないんですよ。


相手が、貴方に自己投影して嫌っていると思いましょう。

それは相手の心の中で何か琴線に触れる事が有った可能性があります。


その場合どうすればいいでしょうか…?


…………極論、出来ることはありません。

何故ならそれは相手が解決するべき問題だからです。

え〜…偉そうに書いてありますがこの結論に至るまで

36年以上は苦しんでいるのです。

同情してください。


ただ、嫌な奴だと思って居たけど

飲み会で喋ってみたら普通のヤツだった…

みたいな事ってないですかね。


なので普段のコミュニケーションによっては、

それも変えられる可能性があります。

ありますが、義務じゃないですからね…。


●自分も人を嫌うし、人も嫌うさ


嫌われない人間なんていないさ。

大抵は妬み、僻み、羨望だよ。

または自分は頑張ってきたのに…って奴は多い。

偶にSNSで盛り上がってよってたかって

犯罪犯した訳じゃないのに批判されてたり、

馬鹿にされてる奴いるじゃないですか。


スルーすればいいのにわざわざ

あれに反応してる人、


インプレッション稼ぎもしくは

人のそうした投影を煽ったり

気づかず自己のそういった心を煽られていると思います。


100%じゃないしさ、

まず自分をふりかえるけれど

過度に心配しても答えは出ない

やった事は取り戻せない。


自分の中に答えが見つからない時、

相手の中に問題があると考え方を変えてみましょう。


そうすると、

フフ…妬ましいか…

夫大好き 幸せ一杯 腹一杯の私が…


という気持ちに少しなってきます笑

そして大抵は上を見ても下を見てもきりがないのです

自分の中の幸せを多く探してみることです。

そして幸せをつくることです。


私を嫌いにならない人の共通項。ありました。

幸せそうで、精神が安定している人です。

心の余裕がある人です。

そういう人はあんまり細かい事気にならないの。

だってハッピーだしね!


●嫌われても、仕事に差し障り無ければok


逆に私怨で加害してくるやつは、4ゾ?

社会人失格だそんなやつ〜!

今どきは相談口、結構ある

(派遣に機能するとは言っていないが)


昔私の上司が、自分の味方は多いほうがいいにきまってんじゃん!いいこと無いよ、敵を増やしてもサァ!

って言ってました。


●自分を責めすぎないで


過去私は結構この答えの出ない問題に

あまりにも時間と精神を費やしました。

無駄無駄無駄無駄ァ!(泣)


自分を責めてないで、

自分を守りましょう。

考え方をいっそ他責に変えちゃえ!

悩み過ぎにはそれが丁度良い!


これが私流の嫌われる勇気です!

異論は認めます!

誰かの参考になりますように。



自己分析の度は続きます。

それではまた〜。

双極性障害のさんだるです。

生きていれば誰かを嫌いになったり、

嫌われたりする事はよくありますよね。

私は結構気にするタイプです。

それがストレスになる事も勿論ありました。


自分で自分を苦しめている可能性がある。

そう思い出した結論です。


人を嫌いになる、嫌われる、のうち

人を嫌いになる事について。

今回は書いていきます。


●嫌いな人が現れた


苦手な人って誰しも居ますよね。ガーン

怒鳴り散らしてくる人、パワハラしてくる人。

これは好きだよっていう人あんまり出会ったことないなぁ

それはとても分かり易く攻撃を受けてるからで

自分の中で納得ができると言うか、

わかりやすいんですよねニコ


それであの人嫌いだわ〜と言うのは健全です。


今回の嫌いな人は、

説明は出来ないが何か嫌いだわ〜…。

という物です。


自分の中で面倒臭いのですが、

腑に落ちない訳ですね。

案外理由がよくわからないけどムカつくっていうのは

体力を使います。精神疲労というかネガティブ


●分析してみた。


理由のよくわからない苦手、

これが実は自己投影であるという事を、

実は早くに気づいていました。

勿論それだけではなく、失礼な態度とか、

慣れない関係性等絡み合っているな。


私の嫌い詰め合わせセットみたいなものが

その人の属性としてあったのです。

この自己投影、過去の自分への叱責や反省がまさに

前回の記事でありました凝視


①過去の自分への恥ずかしさ

②救われなかった世界の私を感じた

③慣れない関係性

④自分のスキルを軽んじられた

⑤単純に時代遅れやぞと感じた


このあたりが詰め込まれています。

慣れない関係性とは、ちょっとこれも紐解くと私の家庭環境に基づく苦手パターンだったりします。

あまり書きたくない話ですが同じ様な方がいた時の

参考になればと思い恥ずかしながら書きます真顔


私は母子家庭で小学生の頃離婚しました。

父とは面会がありましたが、

それでも父性みたいな物を男性に求める傾向があり

付き合った男性のうち同い年もしくは歳下は

2人しかいません。

同い年だと思っていたら留年していて2つ上だったり、

MAX18歳上の人とお付き合い(?)した事もあります。

この傾向には本等で読み気づきながらも

なかなか改善出来なかった部分でもあります。


つまり私にとって男性とは寄りかかる事が多く、

構造的に年上の男性から指示指摘指導を受ける事、

これはとても私にとって自然なことで、

社会人となっては一番多い対人関係でした。


その為逆となる歳下の、しかも男性から

あれこれ言われるパターンに慣れてないのです無気力


さて、得体のしれなかった嫌い、が具体化されました。


●人を嫌いになる自分を嫌いになっていた


過去のコーポレート部門の経験からか、器質か、理由は色々とあると思いますが「直接危害を加えてきた人でなければ、人を悪く言うのはよくない(特に職場で)」と思っていました。なので激しく人を嫌う事で、何故か自己嫌悪に陥り勝手に凹むという謎の現象が置きていました昇天


つまりは、自分で自分を責めているのです。

この構造に気づくまでに数日かかっています笑


更に


私は誰にでもフラットに、公平に接しなければならないし、私は人を嫌いになる様な人ではないのだ。

という理想の自分と現実のそうでない自分。

その差に苦しめられていたのです。


嫌いの原因分析→嫌いで自己嫌悪→自己嫌悪の分析です。

いやぁ我ながら面倒くさくて笑えますね。


●理想と執着を手放す、受け入れる。


そもそもそんな理想の思い込んだ自分は居ない。

人は人を嫌いになる。

私は自己投影で気に触ったが、

私は反省して罪を償っているのでそのステージには居ない。

私にはもう関係ない事なのだ。

全ては終わった事なのだ知らんぷり


これを受け入れる、という事は結構大変です。

今もこれを唱えています。

少しずつこの思考パターンが浸透してきています。


そして最後です。


●人を嫌いになっても良い、と赦す事


何を当たり前の事を言っているんだと思われるかもしれないですが、至って真剣です笑


これまでの考えのプロセスを掻い摘んで

メンクリの先生に壁打ちさせてもらいました。


「それで、今は嫌いでもいいという所まで答えを出せたんですね?」

と先生に問われました。

私は、

「嫌いだと思うのはOK、それにより加害するのはNG」

という風に答えました。

先生は

「心の中で馬鹿にしてもいいんです、口角だけ上げとけば大抵は大丈夫。割り切ってください。相手が変わることは無いのですから」

といいました。


何か自分だけ愛想よくせよなんて、負担だよなぁ〜。

そう思っていましたが、

行動が性格を変えるという考え方もあると知りました。

先だって行動を変えることで、

性格を変える(騙せる?)事もあると。


●自分をゆるす


人を嫌いになっていい

人を嫌いになる自分でもいい

自分は人を嫌いになる人間なんだ


文字にすれば何と簡単なことでしょうかハイハイ

私にとってはトレーニングが必要な事でした。


しかしこの考えが、

自分を苦しめる自分を赦し、癒す事だと

わかっていますので、度々言い聞かせています。


もし同じような事でお悩みの方は、

是非参考にしてください。

次回は嫌われる事について、を書こうと思います。


ではまたウインク